公益社団法人日本水産学会における
東日本大震災への対応および復興支援の関連活動

はじめに

 平成23 年3 月11 日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)と関連して発生した津波およびその後の原子力発電所の事故により、東北・関東沿岸を中心に多くの人命が失われ、数多くの方々が避難生活を余儀なくされました。困難な状況は現在でも基本的に継続しています。被害は内陸にも及んでいますが、漁業・養殖業を基幹産業とする沿岸地域での被害も極めて甚大で、水産業に深く関わっている公益社団法人日本水産学会として、改めて心からのお悔やみとお見舞いを述べさせていただきます。
 震災後、本学会では震災の約2 週間後の平成23 年3 月29 日に「水産業の震災復興に向けた臨時勉強会」を一般市民やマスコミ各社などに開放して実施し、これを皮切りに被災地の水産業や沿岸地域社会への支援につながる各種の活動を行ってきました。現在でも各種の研究やシンポジウムを行っており、その結果が集まりつつあります。このように現在でも震災復興支援活動を継続している状況ではありますが、震災後2年を経たことを契機に、今までの活動の概略をとりまとめて紹介いたします。
 まず、震災1 ヶ月後にあたる平成23 年4 月11 日に「東日本大震災からの復興に向けた日本水産学会の行動計画」を策定し、地域社会や水産業を再構築するために即効性のある研究を行うことや、環境放射能汚染問題の研究を促進させる方針などを発表しました。この行動計画は、この冊子の本編に掲載されております。
 「提言」という言葉を避けて、敢えて「行動計画」とした背景には、本学会からの発信が言葉だけのものにならないよう、自らの行動も伴ったものにしようという決意が込められています。言葉だけの発信のみで、その後の活動を他機関に任せるようなやり方は、このような緊急事態のときには避けなければならないと考えたからです。
 実際、本学会の会員は率先して被災地におもむき、漁場環境に関連した調査などを実施し、一般市民や関係者に成果を公表する活動を行っています。これらの活動は多岐にわたっており、本冊子の本編の中で詳細を紹介することといたしますが、活動を通じて得られた成果の概要を整理すると次のようになります。
 第一に、水産業が総合的な産業である点が再認識されたことです。水産業と言えば、ややもすれば海上の漁獲作業に目が行きがちですが、実際は陸上での荷さばき、加工、流通、小売りなど、サプライチェーンの全ての要素が密接に関係し合った産業です。漁船漁業、養殖業や、海上での操業管理などといった側面だけを見ていても満足に復興ができないことが再確認されています。これは、水産業が抱える長期的な課題に対処する際にも重要な視点であるといえます。水産業は、震災前から経済のグローバル化などの影響を受け、国内生産や販売が低迷し、生産者が減少し高齢化しているといった問題が存在していました。このような課題を克服する際にも、生産から販売まで含めた総合的な視点からの改善が必要との示唆を得たと考えています。
 第二に、地域の多様性が再認識されたことです。被災地といっても、地形的な条件などによって被災状況は大きく異なっています。津波の被害が甚大であった地域、地盤沈下の影響を大きく受けている地域、原子力発電所の事故の影響を受けている地域など、地域ごとに特有の状況が存在しています。また、社会経済条件も地域によって異なります。復興の核となる水産業のような産業が存在している地域とそうでない地域では、復旧の度合いが異なっています。また、地域によって水産業の存在目的も異なる可能性もあります。ある地域では地域産業の核として国際競争力のある効率的な水産業を発展させたいとの要望がある一方で、別の地域では、水産業の効率化が犠牲になっても、多くの雇用を生み出すという社会的な側面を重視するところも見受けられます。従って、地域の多様性についての考慮が少ないトップダウン方式の画一的な復興メニューよりは、地域に入り込んで現地の人たちとよく話し合ってそれぞれの実情に合致した対応を行うメニューの方が適切であることが再認識されました。水産業が抱える長期的な課題に対処する際にも、地域の意見を重視する必要があるとの示唆が得られたと考えています。
 第三に、環境放射能汚染被害に関する事柄です。原子力発電所事故の後、本学会の会員が実施した調査研究などで、新しい科学的な知見や消費者行動に関する知見が集積されつつあります。例えば、放射性セシウムについては、魚類に比べてイカ類や貝類は検出濃度が低い傾向があること、また、事故から時間が経過するにつれて多くの魚介類で検出濃度が減少する傾向があることなどが現場の試料調査で判明しました。さらには、海水魚の鰓の塩類細胞からセシウムが能動的に排出されることを世界で初めて示した研究も発表されました。
 これら成果を踏まえて、本学会では引き続き、震災からの復興と、その後の長期的な課題克服に貢献できるよう、自然科学および社会科学の両分野で研究を進めるとともに、その成果の普及活動を行うことを考えています。例えば、環境放射能汚染問題については特に魚介藻類の放射性セシウム汚染を継続的に把握する必要があります。多くの水圏生物では、先述のように事故からの経過時間とともに放射性セシウムの濃度は低下傾向を示しているものの、事故による影響が依然残っている種類もあり、経年変化の調査を実施することが重要な課題です。また、この知見を生かして、市場に流通する水産物の安心安全を確保するための最適な水産物の生産、加工、流通体制などを確立することも研究課題として考えています。従来から、水産業はタンカーからの重油流出や工場からの水銀などの有害物質の排出により大きな影響を受けてきました。今回の原子力発電所の事故でも、水産関係者が主要な被害者の1つであることは間違いなく、福島県の漁業者は沿岸操業の自粛を強いられており、その被害は想像を超えるものがあります。一方、水産物に対する消費者の安心安全を損なわないよう、漁獲物や加工品の流通時のトレーサビリティーを向上させるとともに、消費者と漁業者との双方向の情報交換手法のシステム化を目指した研究などの展開が期待されています。さらには、漁場環境の保全、がれきの処理、地域の担い手確保などの諸課題も残されています。本学会は、会員が所属している研究・教育機関、行政機関、民間企業や団体などと共同して、また、関連する諸学会の協力を得ながら、今後とも上述した諸課題の解決に向けて努力する所存です。
 本学会は復興支援を実施するに当たっては、特に、被災地からの声を大切にしたいと考えています。皆様からのご意見や、課題の提示などを歓迎しております。
 また、最後になりましたが、これまで本学会による東日本大震災への対応および復興支援関連活動に対してご理解頂いた皆様に厚くお礼を申し述べさせて頂きます。

 この記録は、公益社団法人日本水産学会東日本大震災災害復興支援検討委員会で審議の上、取りまとめ公表するものです。

平成25年6月

公益社団法人日本水産学会東日本大震災災害復興支援検討委員会

委 員 長: 渡部終五(会長) 北里大学教授
副委員長: 黒倉 壽(水産政策担当理事) 東京大学教授
委  員: 石丸 隆(水産環境保全委員会委員) 東京海洋大学教授
  大越和加(理事候補者) 東北大学准教授
  小谷祐一(東北支部担当理事) 水産総合研究センター 東北区水産研究所業務推進部長
  桜井泰憲(副会長,水産政策担当理事) 北海道大学教授
  佐藤秀一(総務担当理事)(正) 東京海洋大学教授
  佐藤 實(財務担当理事,災害復興支援拠点代表) 東北大学教授
  東海 正(企画広報担当理事)(正) 東京海洋大学教授
  松田裕之(水産政策委員会委員長) 横浜国立大学教授
  森田貴己(水産政策委員会委員) 水産庁水産研究専門官
  八木信行(水産政策委員会副委員長) 東京大学准教授
  和田時夫(副会長,将来計画担当理事) 水産総合研究センター理事
  (平成25年3月9日時点の役職)
問い合わせ先
    公益社団法人 日本水産学会 事務局  
    〒108-8477 東京都港区港南4-5-7
    Tel:03-3471-2165 Fax:03-3471-2054
    fishsci@d1.dion.ne.jp (@dの次は数字の1です。)
    http://www.jsfs.jp

(表紙の写真は黒倉委員が2011年4月に広田湾に面する陸前高田市で撮影したものです)

公益社団法人日本水産学会における東日本大震災への対応
および復興支援の関連活動

本編

目次


「水産業の震災復興に向けた臨時勉強会」平成23年3月29日3
J-STAGEにおける日本水産学会誌の電子ファイル閲覧のフリー化について(平成23年3月27日)5
震災に起因するカキ種苗供給不足と疾病侵入の危険性について(情報提供:良永知義 東京大学)(平成23年3月30日)6
平成23年度日本水産学会春季大会参加費の取扱について(平成23年3月31日)7
会員交歓会費の東日本大震災義援金拠出に伴う寄附金控除の適用について(平成23年4月1日)8
口頭・ポスター発表中止における特許出願手続きにおける証明書について(平成23年4月6日)9
【重要】東日本大震災義援金の募集(平成23年5月31日(火)まで)(追加:新口座を開設)(平成23年4月7日)10
東日本大震災からの復興に向けた日本水産学会の行動計画発表(平成23年4月11日)12
拡大政策委員会設置+災害復興支援拠点設置16
東日本大震災の義援金御礼(平成23年6月22日)19
被災地の義援金による支援要請の募集について(平成23年6月24日)20
災害復興支援拠点のホームページが開設されました(平成23年7月1日)21
東日本水産業復興対策緊急シンポジウム(平成23年7月16日)22
東日本水産業復興対策緊急シンポジウム(ポスター)24
日本水産業復興対策緊急シンポジウム(要旨)25
東日本水産業復興対策緊急シンポジウム(まとめ)34
財団法人JKA平成23年度 公益事業振興補助事業 東日本大震災復興支援補助より(平成23年6月30日) 35
財団法人JKA平成23年度 公益事業振興補助事業 東日本大震災復興支援補助より(活動状況) 36
水産政策委員会で「連続シンポジウム・ワーキンググループ」に不参加決定(平成 23年9月14日)37
日本水産学会・復興支援拠点講演会(平成23年9月21日)38
漁業懇話会「東日本大震災による漁業被害:復興に向けた取り組みを考える」(平成23年9月28日) 41
漁業懇話会「東日本大震災による漁業被害:復興に向けた取り組みを考える」(日水誌78-1) 42
岩手県における水産業の被害(日水誌77-4)47
東日本大震災による北海道の水産業被害と復旧対策について(日水誌77-4)50
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(趣旨説明およびプログラム)53
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(水産学会の震災復興対応)54
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(東北各県の水産業の被災状況と復旧状況)55
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(漁業懇話会の活動) 56
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(水産利用懇話会委員会の行動計画)57
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(増養殖の被災状況と復興)58
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(水産環境保全委員会の活動計画とこれまでに実施してきたこと、これから実施するべきこと)59
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(水産教育推進委員会からの報告)60
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(震災に関する企画広報委員会活動)61
特別公開シンポジウム 「震災被災地の水産業と漁村の復興」平成23年10月2日(国際協力体制)62
東日本大震災義援金の寄附金控除にかかるお詫びと訂正(平成23円10月14日)63
関東支部講演会「海の生物を知ろう−2」(平成23年10月23日)特別講義:大震災から学ぶ(佐々木 剛 東京海洋大学)64
水産利用懇話会「東日本大震災後の東北地地方における水産業の現状と今後の展開―主に水産加工・流通について」(平成23年11月8日)65
水産利用懇話会「東日本大震災後の東北地地方における水産業の現状と今後の展開―主に水産加工・流通について」(日水誌78-3)66
北海道支部大会・シンポジウム「東日本大震災と北海道・東北の水産業−被害状況と復興方策−」(平成23年11月25?26日)69
北海道支部大会・シンポジウム「東日本大震災と北海道・東北の水産業−被害状況と復興方策−」(日水誌78-2)71
九州支部シンポジウム「水産関連の汚染物質や毒素について」(平成23年11月26日)73
九州支部シンポジウム「水産関連の汚染物質や毒素について」(日水誌78-3)74
茨城県における水産業の被害状況(日水誌77-5)76
三重県における水産業の被害実態と再生への取り組み(日水誌77-5)78
水産大学校練習船「耕洋丸」による東日本大震災被災地への支援航海(日水誌77-5)81
震災情報共有化システムの立ち上げ(平成23年12月9日)83
福島県における水産業の被害(日水誌77-6)85
高知県須崎市野見湾におけるカンパチ養殖業の津波被害状況(日水誌77-6)87
中国・四国地方における水産業の被害実態(日水誌77-6)89
水産増殖懇話会「東日本大震災からの水産増養殖の復旧・復興」(平成24年1月28日)91
水産増殖懇話会「東日本大震災からの水産増養殖の復旧・復興」(日水誌78-4)93
東日本大震災による千葉県の水産業被害と復旧について(日水誌78-1)97
東日本大震災による八戸の水産業及び食品総合研究所の被害状況(日水誌78-1)99
J-STAGEにおける日本水産学会誌の電子ファイル閲覧のフリー化について(平成24年2月4日)102
水産利用懇話会「東日本大震災後の東北地方における水産業の現状と今後の展望-II−主に水産加工・流通について−」(平成24年2月24日)103
水産利用懇話会「東日本大震災後の東北地方における水産業の現状と今後の展望-II−主に水産加工・流通について−」(日水誌78-4)104
宮城県における水産業の被害状況と復興への取組(日水誌78-2)107
和歌山県における水産業の被害状況(日水誌78-2)110
東京都と神奈川県における水産業の被害状況(日水誌78-2)111
福島県における水産生物等への放射性物質の影響(日水誌78-3)112
静岡県における水産業の被害(日水誌78-3)118
愛知県における水産業の被害実態(日水誌78-3)120
東日本大震災災害復興支援検討委員会(特別委員会)の発足(平成24年6月2日)121
消費者の安全を守りながら福島県の漁業を再開することはできるか(東日本大震災災害復興支援検討委員会;八木委員)(平成24年6月19日))122
理事会主催シンポジウム「東日本大震災からの復興・復旧への日本水産学会の取組の経過と展望‐何が出来たか,何が出来なかったか,これから何をすべきか‐」(平成24年9月17日)126
茨城県における海洋モニタリングの実施状況とその成果(日水誌78-4)127
社内の技術を震災復興に生かす(日水誌78-5)130
東日本大震災からの岩手県さけ増殖事業の復興と資源回復の課題(日水誌78-5)132
公益社団法人日本水産学会 義捐金による東日本大震災復興への支援活動報告(平成24年10月5日)136
水産環境保全委員会「防潮堤建設にあたっての要望書を提出」(平成24年10月26日)147
水産環境保全委員会「防潮堤建設にあたっての要望書を提出」(要望書)(平成24年10月26日)148
平成24年度東北支部大会・ミニシンポジウム「東北沿岸域の海洋環境と水産資源の変化」  (平成24年11月2・3日)150
平成24年度中部支部大会・ミニシンポジウム「震災被害からの復興に向けて〜三重県カキ養殖における新たな挑戦〜」(平成24年12月8日)153
海洋生物環境研究所で実施している水産物の放射能測定業務の紹介(日水誌78-6)156
東日本大震災で岩手県沿岸域に放置された底刺網の状態とゴーストフィッシングの実態(日水誌78-6)160
「震災復興ワークショップ in 仙台,自然の恵みを活かす復興に向けて−震災後の環境対策のあり方を考える」(平成25年1月16日)163
大震災からの復興と干潟再生を考える京都シンポジウム(日水誌79-1)165
宮城県の水産業復興に向けて 宮城県水産技術総合センター(日水誌79-1)169
震災と原発事故からの復活 ふくしま海洋科学館(日水誌79-1)171
東日本大震災の水産被害と水産試験場の対応 宮城県水産技術総合センター気仙沼水産試験場(日水誌79-1)173
福島県漁業の復興に向けた課題と長期ビジョン(日水誌79-1)175
水産増殖懇話会「貝類の防疫を考える−東日本大震災からの復興にむけて」(平成25年2月9日)178
水産環境保全委員会「水産環境における放射性物質の汚染とその影響(平成25年3月30日)180
日本水産学会創立80周年記念理事会主催シンポジウム(平成25年3月30日)182