Fisheries Science掲載報文要旨

イガイ類の生物学:足糸からマイクロプラスチック吸収や深海進出を含めた生態・生理まで(総説)

井上広滋,鬼束由梨,小糸智子

 浅海,淡水,深海生態系において重要な位置を占めるイガイ類はタンパク質性の足糸を張って水中基盤に付着する。足糸は大きな集団の形成を可能にし,また,侵略的外来種としての生息域拡大にも寄与している。付着生活に適応したイガイ類は,濾過食により水中の懸濁粒子や成分を取り込むため,化学物質やマイクロプラスチックによる汚染の研究対象としても有用である。イガイ類は深海の熱水噴出域にも分布しているが,その生息地拡大にも足糸による付着機能と,浅海での付着生活で培った環境適応機能が大きな役割を果たしたと考えられる。

87(6), 761-771 (2021)
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急激な温度変化が誘導するソウギョ腎臓細胞の酸化ストレス応答

Pin Ma, Xiaoyan Yin, Dapeng Li, Li Li, Rong Tang

 本研究では温度変化に対するソウギョ腎臓(CIK)細胞の抗酸化システムの応答機構を調べた。CIK細胞を20℃, 24℃, 28℃, 32℃, 36℃に24時間曝露した結果,活性酸素種レベルが有意に増加し,さらにマロンジアルデヒドとタンパク質カルボニルの増加とミトコンドリア膜の損傷が検出された。一方,SOD, GPx, CAT,およびGRの活性が上昇し,Cu-Zn Sod, GPx, CATの相対的mRNA発現量も有意に増加した。以上から,温度変化に対してCIK細胞は主要な抗酸化酵素の活性を高め,酸化ストレスに対抗することが示された。
(文責 木下滋晴)

87(6), 775-784 (2021)
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マサバおよびゴマサバのPCR法による性判別の開発

谷怜央人,川村 亘,森田哲朗,Christophe Klopp,
Marine Milhes, Yann Guiguen,吉崎悟朗,矢澤良輔

 マサバおよびゴマサバの性を対象としたpool-seqの結果から得た,性と強い関連を示す遺伝子配列を利用したPCR法による性判別法を開発した。また,本研究の結果からマサバでは雌ヘテロ型,ゴマサバでは雄ヘテロ型の性決定様式であることが示唆された。本法を日本各地で漁獲されたサンプルに適用したところ,マサバでは99.5%以上,ゴマサバでは94.5%以上の精度で性判定が可能であった。本法はヒレのサンプリングのみで実施可能な魚体へのストレスが少ない手法であり,種苗生産におけるサバ親魚の性比管理に有用である。

87(6), 785-793 (2021)
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潮間帯におけるマメダコOctopus parvusの季節的な出現

山手佑太,大家巧己,和田年史,竹垣 毅

 長崎県福江島の潮間帯でマメダコOctopus parvusの出現状況を通年調査し,成長と成熟,食性を調べた。本種は8月から1月に潮間帯に出現し,その間に潮間帯上部から下部,次いで潮下帯へと移動することが示唆された。夜間干潮時に活発に採餌しており,夏から秋にかけて急速に成長した。体サイズと成長に性差は無かったが,成熟は雄が早かった。雄は繁殖可能な成熟段階にあると推察されたが,繁殖行動は確認されなかった。マメダコは潮間帯を成長,成熟に必要なエネルギーを得るための餌場として利用していることが示唆された。

87(6), 795-803 (2021)
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日本周辺におけるサッパ Sardinella zunasiの遺伝的集団構造

柳下直己,神代瑞木,松本真宜,山野ひとみ

 ミトコンドリアDNA調節領域の塩基配列を基に,日本周辺におけるサッパの遺伝的集団構造を推定した。本種には進化史が異なる大きく分化した4つの系統が存在し,各系統の出現頻度は海域により異なった。また,そのうちの1系統は日本では有明海と瀬戸内海にしかみられず,大陸沿岸性遺存系統と考えられた。階層的分子分散分析により,日本周辺におけるサッパは(1)有明海を含む九州沿岸および瀬戸内海を含む伊豆半島以南の太平洋沿岸,(2)伊豆半島以北の太平洋沿岸,および(3)本州の日本海沿岸の3つの単位に分かれることが示唆された。

87(6), 805-816 (2021)
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キタムラサキウニの摂食に対するイシガニの影響

八谷光介,松本有記雄

 キタムラサキウニが多く分布する磯焼け域で,殻径31 mm未満のウニが出入りできる目合のケージにマコンブ片とイシガニ(甲幅72-94 mm)を収容した実験を行い,ウニに対するイシガニの影響を調べた。イシガニのいるケージ内へはウニがほとんど侵入せず,マコンブ片もほぼ摂食されなかった。一方,イシガニのいないケージへはウニが侵入しマコンブ片は完全に摂食された。陸上水槽で飽食量のキタムラサキウニを与え続けたところ,水温12℃以上となった5-12月に捕食が見られ,その量はイシガニ1尾あたり年間1653-4777 g(124-312個)であった。

87(6), 817-826 (2021)
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2011年の津波前後の船越湾,大槌湾のアマモ場における魚類群集の変化

小路 淳,吉川倹太郎,冨山 毅,河村知彦

 2011年の津波による攪乱を受けた岩手県船越湾,大槌湾のアマモ場において魚類群集の変化を調査した。津波後のアマモ平均株密度は津波前の5.8%未満に低下した後しだいに増加した。2009-2018年の10年間に計5,206個体(36科74分類群)の魚類が採集された。ウミタナゴ科が湿重量で優占した。魚種数は津波後に低下したが,その後アマモ株密度の増加とともに増大した。津波から約6年が経過した2017年の夏には,アマモ場が回復し,魚類群集も津波による攪乱前の状況に近づいた。

87(6), 827-836 (2021)
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Oreochromis mossambicusの精巣活動におよぼす高水温および低水温の影響

Prashanth Konkal, C. B. Ganesh

 自然水温(対照),低水温(LT),および高水温(HT)でOreochromis mossambicusを21日間飼育した。精巣の組織解析の結果,HT区の精原細胞数は,対照区,LT区よりも有意に多かった。しかし,第一次,第二次精母細胞および前期,後期精細胞ではLT区およびHT区では,対照区と比較して有意に減少した。さらに,LT区,HT区の血中テストステロン値は有意に低下し,血中コルチゾール値は有意に高かった。以上から,本種では低および高水温曝露がストレス応答を制御する神経内分泌軸を活性化し,精巣でのステロイド生成を抑制することで,精子形成が阻害されることが示唆された。
(文責 矢澤良輔)

87(6), 837-844 (2021)
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2011年の津波による下水処理場破壊後の松島湾における栄養環境の時間的変化

奧村 裕,増田義男,鈴木矩晃,筧 茂穂, 原 素之

 2011年3月の津波による下水処理場の破壊が,松島湾の栄養環境に及ぼす影響を調べた。海水と下水道浄化センターの処理水の栄養塩濃度は,津波直後から上昇したが,2013年以降は再び津波前のレベルまで低下した。津波後に下水道浄化センターから未処理または浄化が不十分な低処理水が松島湾に流入したが,河川水や仙台湾からの海水により希釈されたため,栄養塩濃度は極端に増加することはなかったと考えた。松島湾では下水処理場の機能が低下し,富栄養化を心配する声が多く聞かれたが,松島湾では顕著な富栄養化は見られなかった。

87(6), 845-859 (2021)
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クルマエビをモデルとした甲殻類血リンパにおけるフェノールオキシダーゼ活性源の再評価

増田太郎

 甲殻類のフェノールオキシダーゼ(PO)はメラニン形成反応に寄与する。一方,酸素運搬タンパク質であるヘモシアニン(Hc)も,特定の条件下でPO酵素活性を得る可能性が指摘されている。本研究では,クルマエビ体液中のPO活性本体について検証した。従来のHc調製法ではHcと体液中のPOを分離することが不可能であったが,硫安分画などからなる新たな方法により両者の分離に成功した。従来法のHc試料に認められるPO活性は体液中のPOに由来することが示され,一般的な実験条件下ではHcのPO活性は認められなかった。

87(6), 861-869 (2021)
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クロマグロ筋肉におけるミオシンシャペロンUNC-45BのcDNAクローニングと熱ストレス応答

高 褘俐,吉田朝美,劉 金洋,山下卯乃,姜 燕蓉,
孫 小迷,代田和也,椎名康彦,長富 潔

 夏場の海水温上昇に伴い“やけ肉”現象が頻発する養殖クロマグロを対象として,ミオシンシャペロンUNC-45Bの挙動を調べた。クロマグロunc-45b cDNAクローニングの結果,2種類のアイソフォームを見出した。次に,夏季・冬季クロマグロUNC-45B発現量をmRNA及びタンパク質レベルで調べたところ,夏季の方が著しく高かった。従って,UNC-45Bは熱ストレスにより変性したミオシンをリフォールドすることでやけ肉の回避に関与することが示唆された。これは選抜育種のバイオマーカー候補としても有用である。

87(6), 871-881 (2021)
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マダイのエキス成分の死後変化に及ぼす低塩分蓄養の影響

川口 修,中山直美,上原美咲,
御堂岡あにせ,東谷福太郎,長尾則男,
松本拓也,馬渕良太,谷本昌太

 低塩分蓄養が魚肉品質へ及ぼす影響を調査するため,マダイ普通肉におけるエキス成分の死後変化を低塩分蓄養(DSW)と海水蓄養(SW),および養殖(蓄養前)の間で比較した。氷蔵前も氷蔵後もDSWは養殖と有意に異なるエキス成分の数がSWより少なかった。また,エキス成分に基づく階層的クラスター分析で,DSWは氷蔵前にSWとは異なる養殖と同じクラスター,氷蔵後はSWと養殖の両方のクラスターに属した。これらの結果はDSWがSWよりも氷蔵前,氷蔵後ともに養殖のエキス成分組成に近いことを示している。

87(6), 883-892 (2021)
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結合誘導プラズマ質量分析で測定したサクラエビの元素含量による産地判別の可能性

横山雄彦,徳田雅治,山崎 剛
 Lucensosergia lucens(サクラエビ)の商業漁獲は日本と台湾の2海域のみで行われている。産地間の成分の違いを把握する目的で,日本の駿河湾と台湾沖で漁獲されたサクラエビの60元素の含量を誘導結合プラズマ質量分析(ICP-MS)で調べ,比較した。その結果,ヒ素(As)で日本産と台湾産の間に明確な違いが認められ,日本産の方がAs含量は低く,2海域のサクラエビは2つのグループに分けられた。また,ストロンチウム/ヒ素(Sr/As)比は生(冷凍品)と乾燥品のどちらの場合も日本産のほうが台湾産サクラエビよりも高かった。Sr/As比の閾値を25とすれば,日本産と台湾産サクラエビを明確に分けることができた。以上の結果より,これらの2つの値(すなわちAs含量およびSr/As比)を適用すると,サクラエビの産地を判別できることが示唆された。
87(6), 893-903 (2021)
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致死から凍結までの氷蔵時間が冷凍マサバフィレーの性状に及ぼす影響および生食用冷凍商材の高品質化に関する考察

守谷圭介,宮崎亜希子,小玉裕幸,阪本正博,蛯谷幸司

 致死から凍結までの氷蔵時間が異なる冷凍マサバフィレーを科学分析と官能評価し,生食用冷凍商材の高品質化について検討した。冷凍フィレー中の成分は,氷蔵時間が14時間以内に変化し,解凍フィレーの肉質や色調は24時間以降に顕著な変化が見られた。官能評価により,凍結までの氷蔵時間が14時間以内のフィレーは,致死直後に急速凍結したフィレーと遜色ない好ましさと評価された。生食用冷凍商材の高品質化に必要なK値は2.8%以下であると考えられた。

87(6), 905-913 (2021)
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経済的効率性に対する養殖規模の影響に関する研究:ベトナムのパンガシウス養殖の事例より

ヒュン・フー・トォ,グエン・レー・ホア・トゥエット,
東条斉興

 本研究ではパンガシウス養殖漁家の経済的に最適な生産シナリオを探索し,提案することを目的とした。確率フロンティアモデルを用い,メコンデルタにおける養殖規模と効率性の関係を解析した。経済的効率性は規模が26.9 haまでは増加したが,それ以上になると,取引費用と経営の代理人の費用のため減衰した。経営者の期待と自信が効率性に影響している可能性も示唆された。餌代と種苗購入にかかる費用も重要であることが示唆された。市場の情報を漁家に届けること,最適な規模を選択させること,種苗や餌の質を高めることが推奨される。

87(6), 915-926 (2021)
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