Fisheries Science掲載報文要旨

水圏生物が同種間コミュニケーションおよび異種間認識の手掛かりとする化学物質:生態学的機能と水産業への応用の可能性(総説)

神尾道也,山家秀信,伏谷伸宏

 水圏生物は化学物質を手掛かりとして配偶相手,食物,危険の存在を知る。手掛かり物質は,産卵行動の制御,摂餌の促進,ストレスの緩和を通して,水産養殖に貢献しうる他,人工誘引剤による選択的漁獲や付着生物問題の解決にも応用されうる。また,地球規模の環境変化,海洋酸性化と海洋プラスチックの増加は化学感覚に基づいた行動に影響を与える。本稿では,水産上重要で当該分野の知識の蓄積された水圏生物,特に十脚甲殻類と魚類を中心に,化学感覚,化学生態学,手掛かり物質,そしてその応用の可能性に関して紹介する。

88(2), 203-239 (2022)
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漁獲行動の経済最適化探求:日本のメカジキ延縄漁業を事例として

石村学志,阿部景太,金澤海斗,後藤友明

 本研究は,近海延縄漁船によるメカジキ漁業における漁獲需要,漁獲経費を統合した漁獲生産モデル(関数)を推定した。このモデルにより慣例的な漁船乗務員と船主の収益配分を仮定した漁獲活動の経済性を評価し,利益最大化のための最適化された漁獲努力量(航海日数)を推定した。結果として,慣例的利益配分を仮定した場合と漁期辺りの利益最大化を場合では最適化された漁獲努力量に明確な差異が示された。こうした結果は,航海中の漁獲物の品質劣化と更なる漁獲機会を得るための航海日数延長のトレードオフに起因することが示唆された。

88(2), 245-258 (2022)
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キタムラサキウニにおけるApoB様タンパク質のcDNAクローニングおよびその発現解析

由比智春,西宮 攻,大野 薫,滝田麻美,
井ノ口貴子,浦 和寛,都木靖彰

 棘皮動物においては,トランスフェリン様タンパク質であるMajor Yolk Protein(MYP)が主要な卵黄タンパク質であるとされている。一方で近年,ウニにおいて新たな卵黄タンパク質(YRP)の存在が示され,ウニにおいて重要な生理機能を持つと考えられている。本研究では,YRPの分子構造,主要な発現部位および,体腔液中のYRPの存在を確認した。その結果,mn-YRPは,LLTPスーパーファミリーに属するApoB様タンパク質であること,mn-apobの主要な発現部位は胃であること,mn-ApoBが体腔液中に存在することが明らかになった。

88(2), 259-273 (2022)
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塩分濃度の変化がアメリカイタヤガイArgopecten irradiansの浸透調節とストレス反応に及ぼす影響

Jin Ah Song, Young Jae Choi, Cheol Young Choi

 低および高浸透圧ストレスがアメリカイタヤガイに及ぼす影響を明らかにした。アメリカイタヤガイ血リンパ中のNa+,K+,Clは周囲の塩分濃度とほぼ同様に変化した。鰓のNa+/K+-ATPaseは塩分濃度の変化に影響を受けた。55%海水(SW)中では,48-72時間で,消化管憩室のHSP70 mRNAの発現と血リンパのグルコースレベルがコントロールに比べて減少した。120%SWでは72時間後にHSP70 mRNAが対照よりも高くなった。塩分濃度変化は細胞のアポトーシスを増加させた。
(文責 舩原大輔)

88(2), 275-283 (2022)
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マダコ用シェルターの適正間隙及び適正配置方法の検討

鈴村優太,松原圭史,森井俊三,阿部正美,
グレドル・イアン,西川正純,片山亜優,
西谷 豪,大河原遊,木村理久,秋山信彦

 複数のマダコを飼育するには適切なシェルターが必要であると考えられる。本研究では,PVC板を組み合わせてシェルターを作成し,マダコに適した板の向きと板の隙間の幅を調べた。その結果,隙間の数が多いほどシェルターを利用する個体数は増加した。またシェルターの板の向きは横に配置した場合よりも縦に配置した場合をマダコは好んだ。次に板の隙間の幅が異なるシェルターを設置すると,マダコは湿重量に応じた幅を選択した。よって,PVC板を用いたタコのシェルターは飼育下でマダコを複数収容するために有用であると結論付けた。

88(2), 285-298 (2022)
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日長の変化を加速するとエゾバフンウニの成熟が促進される

石井正孝,鵜沼辰哉,正立彰夫,干川 裕,
高橋和寛,向阪信一,増田篤稔,村上克介

 エゾバフンウニの種苗生産施設において成熟促進手法を開発するため,日長調節の効果を調べた。北海道南西部沿岸で採集したウニを12月から翌年8月または11月まで,1年間の日長サイクルを8,6,4か月の3通りに短縮させた条件下または自然日長下で飼育した。成熟状況は組織観察と産卵反応により評価した。ウニは変化を加速したいずれの日長下でも自然日長下より2から3か月早い6から7月に成熟し,得られた卵と精子は正常に稚ウニに成長した。日長の変化を加速すると,本種の成熟促進と早期採卵に効果的であると結論できる。

88(2), 299-310 (2022)
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アンモニアのナミガイ稚仔への毒性

Fan Wang, Cuicui Li, Wen Zhao, MD. Habibur Rahman,
Ye Wang, Feng Yang, Zhongming Huo, Lei Fang,
Xiwu Yan

 アンモニウム態窒素(TAN)はナミガイの孵化率に影響を与え,幼生と稚貝の生残率と有意な負の相関を示した。幼生の相対成長に対するTAN最大許容毒物濃度(MATC)は0.49 mg/L(非イオンでは0.013 mg/L相当)であり,暴露後192時間の生残への50%効果濃度は,1.04 mg/L(非イオン0.028 mg/L相当)であった。変態率へのMATCは0.93 mg/L(非イオン0.030 mg/L相当)であり,4.07 mg/Lから7.01 mg/LまでのTANによる稚貝の生残率変化は見られなかった。稚貝生残率へのMATCは7.01 mg/L(非イオン0.22 mg/L相当)であり,暴露後96時間の生残への50%効果濃度は13.96 mg/L(非イオン0.44 mg/L相当)であった。以上のようにナミガイ稚仔のTANに対する反応に関する知見を提供する。
(文責 渡部諭史)

88(2), 311-317 (2022)
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シマアジPseudocaranx dentex雄性に連鎖したDNA配列の同定

阿川泰夫,齋木隆人,宮本大夢,
池上祐馬,本領智記,澤田好史

 シマアジの効率的な生産には,親魚の性判別が重要である。現在,6歳魚の腹部圧迫による放精で雄と判別されるが,まれに誤判定する場合がある。本研究では,シマアジ雄に現れ易いDNA配列多型を特定した。F3世代の6歳魚,雌雄8尾ずつの胸びれを用いて雄性ホルモン11-KTを測定し,性を追確認した。同じ個体のひれからDNAを抽出し,AFLP法によりスクリーニングを行い,雄に現れ易いDNA断片を特定した。親魚群40尾を調査したところ,腹部圧迫での判別正答率85%(34/40),AFLPでは90%(36/40)と考えられ,圧迫法よりもわずかに良かった。

88(2), 319-327 (2022)
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福島原発事故後のはやま湖におけるコクチバスの放射性セシウム汚染水準の決定要因

松田圭史,佐藤利幸,三木志津帆,藤本 賢,山本祥一郎

 福島県のはやま湖の2014年のコクチバスの放射性セシウム濃度,年齢,体長,胃内容物を調べた。本種の平均放射性セシウム濃度は582 Bq kg-1wet wtであり,胃内容物は種類によって297-811 Bq kg-1 wet wtであった。本種の汚染度とサイズには正の相関が認められたが,福島原発事故前と事故後に生まれた同サイズ群間の汚染度に違いは認められないため,初期の放射性降下物は汚染度の高い個体が存在した原因ではないかもしれない。本種の汚染度は事故直後や数年後であっても,その時の餌の汚染度によって決まるようである。

88(2), 329-336 (2022)
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パルスパワーによるアニサキスの不活性化とパルス処理したアジの品質評価

鬼塚千波里,中村謙吾,王 斗艶,松田樹也,
田中律夫,井上陽一,黒田理恵子,野田孝幸,
根来健爾,根来尚康,浪平隆男

 生食によるアニサキス症を予防するための最も一般的な方法は,冷凍であるが,これは刺身としての魚身の品質低下を引き起こす。冷凍以外でアニサキスを死亡させる実用性のある方法は見つかっていなかったが,今回パルスパワー技術を用いて,魚身に瞬間的に繰り返し電流を流すことにより,魚身内部にいるアニサキスを不活性化させることに成功した。パルス処理した後の魚身を評価し,刺身としての品質を保っていることを確認した。このパルスパワーによる処理は,冷凍に代わるアニサキス殺虫方法として有用であると考える。

88(2), 337-344 (2022)
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東日本大震災前後における農漁業を中心とした地域構造変化の比較―岩手県沿岸部を事例として

中村百花,服部俊宏,狩谷美玖

 東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県の漁業地区を農業と漁業のデータによるクラスター分析で分類し,震災前後の産業構造の変化を明らかにした。震災前は3つのクラスター(小規模第一次産業,大規模第一次産業,漁業主体のクラスター),震災後は4つのクラスター(震災前の3つと、人口密度が高いクラスター)が抽出された。産業構造の変化は震災前の漁業主体のクラスターが最も大きく,農業と漁業がバランスよく再建されている地区では人口減少が加速していなかった。沿岸集落では農業と漁業の両方が重要であることが示唆された。

88(2), 345-361 (2022)
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