日本水産学会誌掲載報文要旨

遺伝標識による種苗放流効果の推測:現状と適用上の留意点

北田修一(海洋大)

 近年,日本では,放流効果の把握を目的として,遺伝標識放流が行われている。本論文では,世界の研究状況を概観した後,適用上の留意点について考察した。精度のよい DNA 親子判定には,種苗の親の全数遺伝子型調査が不可欠である。母親の遺伝子型のみを調べるクルマエビの場合,分解能は最大でも 50% である。種苗の遺伝子型を調べることに加え,既存標識との併用による確認が必要である。再生産効果は,DNA 親子判定,アサインメント,遺伝的系群識別によって推定されている。適切な方法の選択によるエビデンスが求められている。

日水誌,80(6), 890-899 (2014)

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中層・底層定置網の箱網用海亀脱出装置に対する海亀の行動

田村怜子,塩出大輔,金子由佳里,
胡 夫祥,東海 正(海洋大),
小林真人(水研セ西海区水研亜熱帯研究センター),
阿部 寧(水研セ国際水研)

 中層・底層定置網における海亀類の混獲死亡を回避するため,箱網に装着可能な海亀脱出装置の開発を試みた。1.5 m 四方のポリエチレン樹脂製格子の中央部に 1.0 m 四方の脱出口を設け,それを覆う片開きの扉を取り付けた脱出装置を試作した。本装置を実験用の箱網の天井部に装着し,海亀の脱出の可否と網内における行動を記録した。すべての海亀は扉を自力で押し開け,網外へ脱出した。また,海亀の脱出時に開かれた扉は自動的に閉鎖することを確認した。日本近海に来遊する海亀の大きさであれば本装置から網外へ脱出可能である。

日水誌,80(6), 900-907 (2014)

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マイクロサテライトマーカーから見た大阪産ニッポンバラタナゴ溜池集団の遺伝的特徴

三倉忠徳(三重大院生資),
高森亮佑,藤原基季,鶴田哲也(大阪産大人間環境),
加納義彦(大阪経法大教養),
河村功一(三重大院生資)

 溜池に生息する大阪産ニッポンバラタナゴについてマイクロサテライトマーカーを用いた遺伝的特徴の推定を行った。平均アリル数は何れの集団も約 2 と低い値を示したが,ヘテロ接合度と血縁度は集団間で大きく異なり,その要因として創始者効果と生息地の規模の違いが考えられた。また,アリル組成において集団間の違いは殆ど見られなかったが,南北間で遺伝的分化が認められた。これらの結果は大阪集団が単一起源である一方,ボトルネックにより遺伝的分化が生じており,近親交配の回避において環境収容力が重要であることを意味する。

日水誌,80(6), 908-916 (2014)

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岩手県沿岸に生息するエゾアワビの貝殻内唇断面に形成される障害輪の年齢形質としての有効性

大村敏昭(岩手水技セ),高見秀輝(水研セ東北水研),
堀井豊充(水研セ東北水研宮古),
野呂忠勝,堀越 健,久慈康支(岩手水技セ)

 岩手県沿岸に生息するエゾアワビの貝殻内唇断面に形成される障害輪の形成時期を飼育実験(稚貝)および貝殻の酸素安定同位体比分析(成貝)により推定した。岩手県沿岸では本種の障害輪は成長が停滞する水温 7℃ 以下になる冬-春季に 1 本形成され,年齢形質として有効であることが示唆された。一方,漁場から再捕された放流貝では,放流時にも障害輪が形成されることが示唆された。本研究の方法では,殻を焼いて割れる部分を年輪とする焼殻法と比較して,8 歳以上の高齢貝で年齢査定精度が向上すると考えられた。

日水誌,80(6), 917-927 (2014)

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耳石微量元素分析によって明らかにされた東京湾産マハゼの稚魚期での河川遡上履歴

松﨑圭佑(海洋大),加納光樹(茨城大),
河野 博(海洋大)

 東京湾とその流入河川の淡水域と汽水域で採集したマハゼ 61 個体(体長 52.4-131.8 mm)の耳石の Sr:Ca 比から河川遡上履歴を調査した。河川淡水域で採集した 21 個体はすべてが稚魚期に汽水・海域から淡水域に移動していた。汽水域で採集した 40 個体中 31 個体は淡水域への遡上履歴をもたないが 8 個体は一時的に淡水域に侵入し,1 個体は淡水域への遡上後に再び降河した履歴をもっていた。したがって,本種は生活史のなかで淡水域や汽水・海域の様々な塩分環境に対応しうる柔軟な回遊パターンをもつことが明らかとなった。

日水誌,80(6), 928-933 (2014)

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ミズクラゲ給餌によるマダイ人工孵化稚魚の横臥傾向の改善

宮島(多賀)悠子,益田玲爾(京大フィールド研セ),
栗原紋子(海洋大),山下 洋(京大フィールド研セ),
竹内俊郎(海洋大)

 ミズクラゲの給餌がマダイ稚魚に与える影響を明らかにするため,108 日間の給餌実験の後,体成分分析と行動実験を行った。マダイは 1 日当たり体重の 5.3 倍(単独)または 1.3 倍(配合併用)のクラゲを摂餌した。クラゲの給餌はマダイの成長に貢献しなかったが,若干のエネルギーを供給した。クラゲ給餌はマダイの脂質,脂肪酸,遊離アミノ酸組成に影響を与えなかった。一方,クラゲを給餌したマダイの横臥行動の発現率は有意に上昇した。以上から,大量発生したクラゲへの対処法として,放流種苗の補助餌料としての利用を提言した。

日水誌,80(6), 934-945 (2014)

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大都市を流れる豊平川におけるサケ Oncorhynchus keta 野生個体群の存続可能性の評価

有賀 望(さけ科学館),森田健太郎(水研セ北水研),
鈴木俊哉(水研セ増養殖研),
佐藤信洋,岡本康寿(さけ科学館),
大熊一正(水研セ北水研)

 サケの遡上が途絶えた豊平川で,放流が再開されてから 30 年以上自然産卵が続いていることから,野生魚による個体群存続の可能性を調べた。標識放流により放流魚が識別可能な 2003-2006 年級群において野生魚の割合が高く(59.2-75.8%),迷入魚の割合も低かった(0.6%)。豊平川での卵から稚魚までの生存率は 12.6% と推定され,卵が稚魚まで育つ時期の河川環境が悪い可能性が示唆された。一方,野生魚と放流魚間で成熟年齢や繁殖時期に違いが認められ,約 7 世代で生じた豊平川への環境適応だと考えられた。

日水誌,80(6), 946-955 (2014)

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シメサバ調味液から分離されたヒスタミン生成乳酸菌の分類と増殖特性

浜谷祐司(武輪水産),
舊谷亜由美,福井洋平(水研セ中央水研),
矢野 豊(水研セ北水研),武輪俊彦(武輪水産),
里見正隆(水研セ中央水研)

 ヒスタミンの蓄積(約 25 mg/100 mL)が観察されたシメサバ調味液から,AC 培地を用いた嫌気培養にて,ヒスタミン生成菌 19 株を分離した。各種性状の解析から分離株は Lactobacillus otakiensis と同定された。分離株の増殖特性を調べた結果,pH 3.6 以下,水分活性 0.939 以下,食塩濃度 10% 以上,2% 酢酸添加で増殖が抑制された。調味液温度を 8℃ 以下に保持し,酢酸濃度を制御して pH を 4.0 以下に保つことでヒスタミン生成菌の増殖を制御できることが示唆された。

日水誌,80(6), 956-964 (2014)

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筋肉内 ATP による冷凍カンパチ血合肉の褐変抑制

井ノ原康太(鹿大院連農),黒木信介(鹿大水),
尾上由季乃(鹿大水),濱田三喜夫(敬天水産),
保 聖子(鹿児島水技セ),木村郁夫(鹿大水)

 冷凍水産物は一般に−20℃ で流通しているが,凍結保蔵中にミオグロビン(Mb)のメト化が進行し商品価値を失う。我々は ATP の Mb メト化抑制作用を前報で報告した。本研究では−20℃ 保蔵におけるカンパチ血合肉のメト化に及ぼす ATP の作用について検討した。養殖カンパチを活けしめ後,筋肉中の ATP 濃度が異なる魚肉を調製し−50℃ で急速凍結後,−20℃ で 4 ヶ月間貯蔵しメト化進行を測定した結果,高濃度 ATP を含有する魚肉でメト化抑制を示した。また,本研究のためにカンパチ Mb のメト化率測定法を確立した。

日水誌,80(6), 965-972 (2014)

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無機ヒ素を除去した乾燥ヒジキ加工品の製造法

山下由美子(水研セ中央水研)

 無機ヒ素含量を低減した乾燥ヒジキ加工品を製造した。素干しまたは生の原藻を塩水による煮熟を 3 回から 4 回繰り返したのち,乾燥した。その結果,原料に対し総ヒ素の 83-92% が除去された。乾燥ヒジキ試作品 1-3 の総ヒ素含量は 8.6-18.6 mg/kg,ヒ酸含量は 0.6-0.9 mg As/kg であった。水戻し後のヒジキの総ヒ素含量は 2.0-2.7 mg/kg であり,ヒ酸含量は検出下限の 0.3 mg As/kg 未満だった。

日水誌,80(6), 973-978 (2014)

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ホッコクアカエビ Pandalus eous に含まれる内在性プロテアーゼが加熱ゲル形成能に及ぼす影響

髙橋希元(海洋大),雨宮弘和(東洋水産),
田中宗彦(国学院栃木短大),
SAPPASITH KLOMKLAO(TSU),
岡﨑惠美子,大迫一史(海洋大)

 新規水産練り製品用原料の開発を目的とし,ホッコクアカエビ筋肉から加熱ゲルの調製を試みた。エビ肉は 30-80℃ の加熱条件ではゲルを形成しなかった。60℃ の加熱条件で,1,10-phenanthroline, PMSF, Leupeptin, Antipain および E-64 の使用によりミオシン重鎖の分解は抑制され,加熱ゲルが形成した。これらの結果から,ホッコクアカエビのゲル形成能は極めて低く,これはシステインプロテアーゼによるミオシン重鎖の分解に起因することが示唆された。

日水誌,80(6), 979-988 (2014)

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