平成30年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 萩原篤志

 平成30年9月15日に開催した学会賞選考委員会は,15名中11名の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,平成30年度第6回理事会(平成30年12月1日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。


平成30年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 松山倫也

総評
 平成30年度は日本水産学会賞5件,日本水産学会功績賞1件,水産学進歩賞3件,水産学奨励賞4件,および水産学技術賞3件の推薦があった。推薦業績内容を分野別にみると,漁業・資源関係2件,水産生物・増養殖関係4件,生命科学・生理関係6件,環境関係2件,水産化学・食品関係2件であった。学会賞選考委員会は,「学会賞授賞規程」ならびに「学会賞選考委員会内規」に基づき,推薦された各件について調査担当委員を決め,推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査を行った上で,出席委員からの口頭報告と欠席委員からの書面報告の後に審議を行い,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。いずれも各賞の授賞規定にふさわしい業績を挙げ,水産学あるいは水産業の発展に寄与していることが評価された。
 今回,日本水産学会賞の推薦は5件と,多くの応募があったが,他の賞は授賞可能数と同じ数か,あるいはそれに満たない推薦数であり,来年度以降の推薦件数が懸念されるところである。会員の方々には,日本水産学会各賞の質や価値の向上のためにも,今後,より積極的な受賞候補者の推薦をお願いする次第である。また,本年度選考されるに至らなかったものの,内容的には優れた業績を挙げていると判断されるものがあった。捲土重来を期したい。
日本水産学会賞
選考経緯:授賞可能数2件に対して5件の推薦があった。各委員の調査結果の報告後,審議を行い,2名以内連記の無記名投票を行った結果,過半数の票を獲得した1名を選出した。続けて得票数の多かった2名を対象とした決選投票を実施した。その結果,過半数の票を獲得した1名が選出された。その後,受賞候補の追加選考の可否を協議した結果,受賞候補を追加することとした。投票の結果1名が選出され,日本水産学会賞受賞候補として,3件を理事会に推薦することとなった。選出された3件は,いずれも学術上多くの優れた業績を有し,水産学の発展に大きく寄与したことが高く評価された。
日本水産学会功績賞
選考経緯:授賞可能数は2件であるが,今年度は1件のみの推薦であった。調査結果の報告,審議を行い,無記名投票を行った。その結果,過半数の票を獲得した1件を日本水産学会功績賞受賞候補者として理事会に推薦することとなった。選考された1件は,赤潮・貝毒の発生機構や被害防止に関する長年にわたる研究成果の体系化に貢献したことが評価された。
水産学進歩賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して3件の推薦があった。各委員の調査結果の報告後,審議を行い,3名以内連記の無記名投票を実施した。その結果,投票総数の過半数を得た2件が選出された。さらに,追加選考の可否を協議した結果,受賞候補を追加しないこととした。選出された2件は,それぞれ水産資源の音響モニタリングならびに魚類の環境依存的性決定機構に関する研究において多くの優れた業績を挙げ,水産学の発展に寄与した点が高く評価された。
水産学奨励賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して4件の推薦があった。各委員の調査結果の報告後,審議を行い,4名以内連記の無記名投票を実施した。その結果,対象となった4件すべてが投票総数の過半数を得たため,この4名を水産学奨励賞受賞候補者として理事会に推薦することとなった。それぞれ,水産生物の脂肪酸代謝酵素の機能解析,海藻類の環境応答,低利用水産物の食品加工ならびに海産魚類の学習能力に関するもので,顕著な業績を挙げるとともに,今後の更なる発展が期待された。
水産学技術賞
選考経緯:授賞可能数3件に対して3件の推薦があった。各委員の調査結果の報告後,審議を行い,3名以内連記の無記名投票を実施した。その結果,投票総数の過半数を得た2件が選出された。さらに,追加選考の可否を協議した結果,受賞候補を追加しないこととした。選出された2件は,新たな真珠養殖ならびに練り製品の品質向上に関する技術上の著しい成果を挙げたことが高く評価された。

各賞受賞者と受賞理由
日本水産学会賞
帰山雅秀氏 「サケ属魚類の持続可能な資源管理にむけた生態学的研究」
   帰山氏はサケ属魚類の生活史や個体群動態,種間相互作用など生態学的な研究を長年に渡って進め,国内外でこの分野をリードしてきた。特に,鱗による年齢査定と個体群動態の解析から,回帰する個体の小型化や高齢化が個体数増加に起因する密度効果に依ることを世界で初めて実証し,環境収容力の概念の有効性を示した。また長期的な気候変動がサケ属魚類の環境収容力と海洋生態系に及ぼす影響や,知床世界自然遺産地域においてサケ属魚類の産卵遡上が物質を海から森に運ぶ物質循環メカニズムを明らかにした。氏の研究成果は,いずれも国際的にも高く評価される独創的,先駆的なものであり,サケ属魚類の資源管理のみならず海洋生態系の保全に大きく貢献しており,日本水産学会賞を授与するに誠にふさわしい。
酒井正博氏 「魚類とエビ類の自然免疫を利用した疾病防除法に関する研究」
   魚類・エビ類の自然免疫機構に関する一連の研究を行った。まず,様々な免疫賦活剤による自然免疫の増強効果を明らかにした。さらに,自然免疫にかかわる様々なサイトカインが魚類にも存在することを初めて明らかにし,サイトカイン遺伝子発現解析による自然免疫応答測定の有用性を示した。また,疾病の診断法としてLAMP法を水産分野でいち早く導入した。これらの研究は250編以上の報文として公表されており,引用回数も多い。加えて酒井氏が開発した免疫賦活剤は養殖現場で使われており,サイトカイン遺伝子発現の測定法やLAMP法は,多くの試験機関で用いられている。このように,氏の研究は,学術への貢献ならびに社会への貢献ともに極めて高い。
左子芳彦氏 「ゲノム情報を用いた海洋微生物の生理・生態学的研究」
   左子氏は,有害微細藻および深海熱水環境の超好熱菌を対象にした分子生物学的研究から多くの業績を得た。前者については形態分類が混乱していた麻痺性貝毒原因渦鞭毛藻Alexandrium属をはじめ多くの有害微細藻の分子同定・定量法を確立して現場の生態研究の発展に貢献し,サキシトキシン生合成酵素を発見したことが特筆される。後者では,深海熱水環境から新規好熱性細菌・古細菌を多数分離しメタゲノム解析を通じて好熱性水素細菌が一次生産者であることを発見した。さらに唯一の絶対好気性超好熱菌Aeropyrum属の全ゲノム解析を行って古細菌のモデル生物系を確立したり,多様な水素生成型一酸化炭素(CO)資化性好熱菌の分離と全ゲノム解析により新規CO代謝系を発見するなど,水圏環境における分子微生物学的研究の先導としての貢献が大きい。以上から,同氏の業績は日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと判断される。
日本水産学会功績賞
山口峰生氏 「赤潮・貝毒の発生機構と予察および被害防止に関する研究」
   山口氏は,各種の赤潮・貝毒プランクトンの発生に関し,複数の環境パラメータが影響することを実験的に明らかにすることで,現場海域におけるそれらの発生・消滅のメカニズムの解明に関する理解を進展させた。赤潮や貝毒の発生は,養殖漁業に大きなダメージとなる事象であるため,水産業自体への寄与が大きいことは言うまでも無く,多くの論文や著書による学術面での学会への貢献は計り知れない。「理科年表」に,赤潮発生件数についての記述を長年にわたって執筆してきたことも,赤潮・貝毒研究の第一人者であることを証明するものである。また,水産庁委託事業において,長年にわたり,「有害プランクトン同定研修会」を主導する立場にあり,各府県担当者など多くの人材育成に携わってこられた。学会賞選考委員会は,以上の功績が余人をもって代えがたいものであることを評価し,功績賞に値するものであると判断した。
水産学進歩賞
北野 健氏 「魚類における環境依存的な性決定に関する研究」
   魚類には遺伝的性決定システムだけでなく,温度,pH,社会環境など,様々な環境要因で性が決定あるいは転換することが知られている。北野氏は水産種ヒラメとモデル種メダカを用いて,魚類の温度依存的な性決定機構に関わる多くの重要な研究成果を挙げた。特に,ストレスホルモンとして知られるコルチソルが,高温環境下で雄が誘導される現象に深く関与することを世界で初めて見出し,その分子機構を明らかにした。一連の研究成果は,他の脊椎動物の温度依存的な性決定機構研究に影響を与えたのみならず,魚類養殖における性統御技術の発展にも大きく寄与しており,水産学進歩賞を授与するにふさわしいものと評価された。
宮下和士氏 「水産資源と生態系の音響モニタリング手法の開発と応用」
   宮下氏は,音響的手法を従来からの魚類の資源量評価から拡張させて,動物プランクトン,中深層性魚類,海藻類なども対象として,海洋生物の定量的可視化を実現させ,水産資源と生態系のモニタリング手法の発展に尽力してきた。ツノナシオキアミを含めた多様な海洋生物のターゲットストレングスの測定,計量魚探情報の応用利用・リアルタイム配信など,基礎から応用までの貴重なデータを得て論文として発表してきた。音響計測やモニタリングの分野の発展と普及に先導的役割を果たし,水産学の進歩と水産業の持続性に重要な貢献を果たしたことが高く評価された。
水産学奨励賞
遠藤 光氏 「海藻類の環境応答に関する生理生態学的研究」
   遠藤氏は,宮城,京都,鹿児島の各海域の様々な海藻類を対象に,海藻の成長に対する水温,栄養塩,光条件といった複数の要因を体系的に研究し,養殖海藻の品質が低下する色落ち現象を解明してきた。さらには,植食動物への防御機構に対する無機環境の複合作用を評価し,藻場が縮小する磯焼け現象に関する貴重な知見を得てきた。これらの研究成果は,藻場の保全と修復および海藻養殖の新たな技術開発に資するものであり,今後更なる学問展開と水産学への貢献が期待される。
壁谷尚樹氏 「水産生物の脂肪酸代謝酵素の機能解析とその利用」
   壁谷氏は,これまで水産生物の長鎖多価不飽和脂肪酸(LC-PUFA)の生合成機構に関して継続して研究を行った。その中で魚類では進化の過程で二度に渡りLC-PUFA生合成酵素遺伝子の欠損が起こったことを明らかにし,分類群ごとに大まかなLC-PUFA生合成経路を予測することを可能にした。また,合成経路が不完全な魚種に,不足しているLC-PUFA合成酵素遺伝子を補完導入することにより,LC-PUFA合成能を付与することに成功した。一方,ほとんどの動物が保持しないとされてきたリノール酸やα-リノレン酸をオレイン酸から合成するための酵素を,様々な海産無脊椎動物が保持することを明らかにした。これらの知見は,水産生物の特異的脂質代謝機構の理解や養殖餌料の開発において重要であり,水産学奨励賞の授賞に値するものと評価された。
髙橋希元氏 「タンパク質分解制御による低利用水産物の高付加価値化に関する研究」
   未利用魚介類のすり身化技術開発に向けた原料特性解明は,水産食品研究の主要テーマの一つである。髙橋氏は,筋肉が脆弱なため利用困難とされる規格外サイズのアカアマダイやホッコクアカエビなど市場価値の低い魚介類の原料適性解明に取り組み,これら筋肉の加熱ゲル形成能が極めて低いことやその原因がプロテアーゼによる筋原線維タンパク質の著しい分解によることを明らかにした。またプロテアーゼによるタンパク質の分解を抑制することにより,これら筋肉を練り製品原料として利用できることを示した。以上のように髙橋氏の研究の特色は,主にタンパク質の分解制御により低利用水産物の高付加価値化に挑むものであり,今後の更なる発展と水産学への貢献が期待されることから,水産学奨励賞にふさわしいものと評価された。
高橋宏司氏 「海産魚類の学習能力に関する生態学的研究」
   高橋氏は,魚類行動学に関連し比較心理学の手法を応用して魚類の学習能力について研究を進めてきた。特に,マアジの成長に伴う学習能力の個体発生やシマアジの観察学習成立メカニズム,ヒラメおよびマダイ人工種苗の行動特性に関する重要な研究成果を得てきた。これらの知見は,海洋域における生物種間関係のメカニズムの解明や,種苗生産技術および放流技術の向上につながるものであり,水産学の研究手法発展と応用展開への貢献が期待される。
水産学技術賞
渥美貴史氏 「花珠生産技術の開発と環境に配慮した真珠養殖の実現化」
   真珠養殖技術は,貝の養殖技術のみならず,挿核するピースの選択,挿核とその後の養生,養成技術等々,様々な要素技術からなり,その生産性および品質の向上のためには,様々な関係者の協力が必要である。本授賞対象業績は,真珠生産技術のうちの3つの工程(挿核手術,養生,養成)の改善による品質制御技術の体系化,および環境に配慮した持続可能な真珠養殖の主導である。授賞者が主として行った研究は,養生技術である。対象業績は授賞者のみによって達せられるものではないが,学会賞選考委員会は,個々の技術的な研究以上に,受賞者が,長年にわたり,養殖業者,地元自治体,研究機関が一体となった取組の中核的な存在として機能したことを評価した。
植木暢彦氏・松岡洋子氏・万 建栄氏
「伝統的職人技の科学的解明による水産練り製品の品質向上」
   かまぼこや竹輪などに代表される水産練り製品の商品価値は,その特有の弾力『足』の良し悪しで決まるため,50〜70℃の中温域の加熱により『足』が弱くなる『戻り』現象が産業上の大きな問題とされてきた。受賞者らは共同でシログチ背側肉への腸管や腹肉の混入が『戻り』を引き起こすことを明らかにした。さらに,これらの部位に含まれる『戻り』を誘導するタンパク質分解酵素の特徴的な性状を明らかにし,水産練り製品の品質向上に貢献した。以上の理由により,受賞者らの功績は水産学技術賞の対象としてふさわしいと考えられる。