平成29年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 荒井克俊

 平成29年9月25日に開催した学会賞選考委員会は,15名中11名の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,平成29年度第6回理事会(平成29年12月9日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。


平成29年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 金子豊二

総 評
 平成29年度は日本水産学会賞4件,水産学進歩賞5件,水産学奨励賞7件,および水産学技術賞2件の推薦があったが,日本水産学会功績賞の推薦はなかった。推薦業績内容を分野別にみると,漁業・資源関係2件,水産生物・増養殖関係8件,環境関係3件,水産化学・生命科学関係5件であった。いずれも水産学が直面する重要な課題における優れた業績として評価されるものであった。
 学会賞選考委員会は,「学会賞授賞規程」ならびに「学会賞選考委員会内規」に基づき,推薦された各件について調査担当委員を決め,推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査を行った上で,出席委員からの口頭報告と欠席委員からの書面報告の後に審議を行い,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。本選考結果が受賞者のさらなる研究進展の契機となるとともに,水産学の一層の発展に寄与することを願う次第である。
 なお,本年度に選考されるに至らなかったものの,優れた研究業績を含んでいると判断されるものがあったこと,業績内容が推薦された賞より他の賞に適していると判断される例があったことを付記する。また,本年度は日本水産学会功績賞の推薦がなかったことに加え,水産学技術賞の推薦件数が授賞可能数を下回ったことは残念である。
日本水産学会賞
選考経緯:授賞可能数2件に対して4件の推薦があり,審議の後に2名以内連記の投票を行い,投票総数の過半数を得た2件を日本水産学会賞受賞候補として選出した。選考された2件は,いずれも水産学の発展に大きく寄与したことが高く評価された。
日本水産学功績賞
選考経緯:授賞可能数は2件であるが,今年度の推薦はなかった。来年以降の積極的な推薦が望まれる。
水産学進歩賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して5件の推薦があった。4名以内連記の投票で投票総数の過半数を得た3件を選考した。その後,受賞候補の追加選考の可否を協議した結果,受賞候補を追加しないこととした。選考された3件は,バイオセンサ,微細藻・菌類の分子育種,有害・有毒プランクトンモニタリング技術に関する研究において,水産学の進歩に貢献する優れた業績を挙げた点が評価された。
水産学奨励賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して7件の推薦があった。4名以内連記の投票により5件が投票総数の過半数を得たが,そのうち下位2件の得票数は同数であった。過半数の票を獲得した候補者が上限の4件を上回ったため候補者の選出をここで一時保留した。他の各賞の審議が終了後に「学会賞選考委員会内規」に従って再度審議した結果,授賞可能数の上限を超えての選考を可と判断し,投票総数の過半数を得た5件すべてを水産学奨励賞受賞候補とした。これらは,環境,生命科学,水産生物・増養殖の分野において顕著な業績を挙げており,今後のさらなる発展が期待された。
水産学技術賞
選考経緯:授賞可能数3件に対して2件の推薦があった。2名以内連記の投票を行った結果,2件とも投票総数の過半数を得たため,この2件を水産学技術賞候補に選出した。いずれの研究も重要な技術開発として高い評価を得た。

各賞受賞者と受賞理由
日本水産学会賞
上田 宏氏 「太平洋サケの母川記銘・回帰機構に関する研究」
   我が国の太平洋サケの人工ふ化放流事業の長年の課題は回帰率を向上させることである。上田氏は,「回帰率向上のための基本情報となる母川記銘・回帰機構の解明」という命題に対して,生化学,生理学,行動学,神経内分泌学等の最新手法を用い多面的に取り組んできた。特に,母川のニオイ成分分析,ニオイ成分への嗅覚応答,稚魚の母川記銘および親魚の母川回帰時の作動ホルモンと脳内記憶分子に関する一連の研究において独創的,先駆的な業績を数多くあげるとともに,国内外における当該分野の発展をリードしてきた。研究成果はサケ(シロザケ)やサクラマスの新しいふ化放流事業に応用され,学術への波及効果ならびに社会的貢献は極めて高く,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと判断される。
佐藤秀一氏 「持続可能な水産養殖用飼料の開発に関する研究」
   佐藤氏は一貫して,魚類の栄養と養魚飼料の開発に関する研究,特に環境と魚と人にやさしい養魚飼料の開発に関する研究を行ってきた。魚粉中の無機質の利用性を改善すること,プロバイオティクスやカロテノイドを飼料に添加することにより免疫能が強化され魚に優しい飼料となることを明らかにした。また,飼料中の脂質含量や魚粉の配合量を調整することで窒素とのリンの排泄を低減させ,養殖環境に優しい飼料の開発につなげた。さらに,世界的な水産養殖業の発展に伴って魚粉供給が逼迫していることを受け,低・無魚粉飼料の開発を行い,生態系に優しく,価格の安定した次世代型飼料の開発にも成功した。以上のように,佐藤氏は水産学の発展に大きく貢献した。
水産学進歩賞
遠藤英明氏「魚類の健康診断バイオセンサの創出に関する研究」
   生理状態を,生物に与える影響を最小化して非破壊的に生理状態を把握する技術として,センサの開発は重要である。疾病予防のための魚の診断学,成熟やストレスの把握など,センサ技術がもたらす,基礎的・応用的な発展は水産学においても期待が大きい。人の場合,医療工学として医工連携的な研究が行われているが,水産学においては,水工連携的な研究の活性が,十分に高いとは言えない。遠藤氏は,センサに関する工学的な知識技術をベースとして,一貫してセンサ技術の水産応用展開の研究を行い,多くの後進を育成してきた。この功績を高く評価するとともに,この水工連携のリーダーとしての今後の活躍に期待して,授賞を決定した。
澤山茂樹氏「微細藻・菌類の分子育種等水産微生物学的研究」
   澤山氏は,産業用微細藻や菌類を対象に,新しい水産業を目指した応用研究に長年にわたって取り組み,多くの研究業績を挙げた。特に,微細緑藻カロテノイド生合成分子育種の研究,カロテノイド高含有マガキに関する特許出願,メロン香産生新規海産酵母の単離応用の研究は重要であり,今後高付加価値食品の開発につながることが大いに期待される。また,長期的視点にたって海水温上昇・酸性化対策技術の開発に取り組み,下水処理水中の窒素やリンを利用する微細藻バイオ燃料生産システムの研究や,バイオエタノールに関する菌類の分子育種学的研究に関わる研究で,優れた業績を挙げてきたことが高く評価された。
長井 敏氏「有害・有毒プランクトンモニタリング技術の高度化と応用」
   長井氏は,形態識別が困難な有害・有毒藻類(HAB種)を対象に,LAMP法・核酸クロマト法等の新たな簡易分子同定技術を開発し,その普及に尽力した。また,HAB種の地球規模での分布拡大要因解明のため,集団遺伝学的手法を用いて,個体群の海域間移送に関わる自然的・人為的要因の影響評価を行い,その原因と対策を提示した。加えて,候補者は,海洋真核生物や細菌のメタゲノム解析を精力的に実施するなど,世界を牽引する高いレベルの研究を行った。
水産学奨励賞
井ノ口 繭氏「魚類の浸透圧調節における鰓塩類細胞の機能形態学的研究」
   井ノ口氏は広塩性魚類ティラピアをモデルにして形態学的観察と分子生物学的手法とを駆使して,様々な塩分環境に馴致した場合の塩類細胞とイオン輸送についての研究を行い,魚類の浸透圧調節の理解を深めてきている。まず,塩類細胞を機能的に異なる複数の種類に分類し,これを足がかりに,淡水適応ホルモンとして知られるプロラクチンが淡水型のU型塩類細胞数を増加させるとともに,Na+とCl-の双方を細胞内に取り込むNa+-Cl-共輸送体2を発現させることを明らかにした。これは,永らく謎であったプロラクチンの具体的な作用機序を明らかにした大きな成果である。同氏の緻密な基礎研究の積み重ねは,今後の更なる発展と水産学への貢献が期待されることから,水産学奨励賞にふさわしいものと評価された。
黒木真理氏「ウナギ属魚類の初期生活史に関する生態学的研究」
   黒木氏は,ニホンウナギの調査研究チームの一員として,耳石日周輪解析を中心に研究の進展に大きく寄与した。さらには,世界に分布するウナギ属魚類の仔稚魚に研究対象を広げ,孵化時期,変態・接岸日齢,回遊ルートなどの初期生活史特性を明らかにし,これらの種間比較と地理分布,系統関係の考察から,本属魚類の初期生態の多様性と回遊行動の進化過程を解明した。  黒木氏は,ウナギ類の生態学的な科学論文のみならず,歴史・文化などウナギと人・社会との結びつきを整理して,数多くの著書を発表している。その他,アウトリーチの面でも幅広く活躍され,社会的にも大きく貢献している。今後,これまでの実績を活かし,資源生態学や沿岸漁業学にも研究を展開され,水産学に大きく貢献することが期待される。
澤山英太郎氏「家系判別による養殖親魚の形質評価に関する研究」
   澤山氏は,これまでDNA家系判別法を用いてマダイやヒラメなどの養殖魚の優良形質の選抜と形態異常の防除に取り組み,多くの重要な知見を得ている。すなわち,①異常形質の多くが特定の親魚に起因すること,②重篤異常の多くは劣性(潜性)遺伝性であること,③養殖魚では有害劣性(潜性)遺伝子が蓄積され易いこと,④高成長を示す優良形質は成長ホルモン遺伝子の多型と関連すること,⑤ウイルス病耐性の系統を作出できること,などを明らかにした。さらに最近では,マダイ稚魚の体色劣化の原因遺伝子の特定にも取り組んでいる。これらの研究成果は,水産養殖を応用技術と基礎科学の両面において大いに進展させるものであり,澤山氏の水産学奨励賞受賞は極めて妥当と言える。
紫加田知幸氏「赤潮プランクトンの光生物学的解析と赤潮軽減技術への応用」
   光は植物プランクトンの生理生態に大きな影響を与える。紫加田氏は光の強度だけでなく波長にも着目し,赤潮プランクトンの増殖,生活史,及び行動に対する効果を精力的に研究した。青色光が休眠期細胞の発芽とその後の増殖を促進し,鞭毛藻の遊泳制御に深く関与する事を明らかにした。また,博多湾で3年間にわたりほぼ毎日,植物プランクトンの動態と水中の光環境を調べ,赤潮発生前に青色光の強い透過があることを見出した。さらに,特定の光スペクトル条件下においてラフィド藻の光逃避行動を見出し,新たな赤潮軽減策を提案している。このように現場観察と室内実験による検証を通じた研究は理想的と言え,今後も有害有毒プランクトンの研究を大きく展開して行く事を期待する。
入路光雄氏「小型浮魚類の生殖内分泌制御機構と繁殖特性に関する研究」
   水産資源研究において親魚群の繁殖特性は加入量変動の評価や予測に不可欠な情報である。入路氏は,従来は主に野外採集標本の解析から取得されてきたマサバやマアジの繁殖特性情報を飼育実験から明らかにすることに取り組んだ。その結果,飼育下では産卵が難しいとされてきた両種の「脳−脳下垂体−生殖腺」を結ぶ生殖内分泌軸を詳細に解明することで,小型水槽を用いた再現性の高い成熟・産卵誘導法を開発した。同氏の一連の研究は,小型浮魚類での繁殖特性や母性効果に関する実証研究を大きく進展させる契機となっている。このように,魚類生殖生理学の基礎と水産資源学への応用を並行して展開できる若手研究者として,今後ますますの発展が期待される。
水産学技術賞
木村郁夫氏「生体内ATPを利用した高品質冷凍水産物の製造・流通技術の開発」
   冷凍マグロなど,高鮮度状態で冷凍保管した水産物は高品質が保持されるが,科学的なメカニズムは不明であった。こうしたなか,木村氏は「筋肉中に含まれるATPが筋原線維タンパク質や筋小胞体タンパク質の冷凍変性やミオグロビンの酸化を抑制する」ことを初めて明らかにした。氏はこれら知見を地域漁業水産物や養殖ブリの高品質化に応用し,加工現場でATPを保持した水揚げ方法や高速魚体処理装置の開発などに繋げ,地域水産業の活性化に繋がる取り組みを精力的に推進している。現場経験に基づく事象のメカニズム解明が,産業のあり方変革に必要かつ重要な根拠を与えたことに,本研究の最大の特徴がある。以上の理由により,木村郁夫氏の功績は,水産学技術賞の対象としてふさわしいと考えられる。
阪倉良孝氏「海産仔魚の飼育環境制御技術に関する研究」
   阪倉氏は一貫して,魚類の種苗生産における飼育環境制御に関する研究を行って来た。いままで,水槽内の流れの管理は飼育技術者の経験と勘に基づいて行われることが多かった。そこで,小型水槽内の流場の定量・可視化と仔魚の飼育成績との相関をとり,マハタ等の難種苗生産魚の魚種毎の最適な流場を明らかにした。次に量産規模の水槽でその効果を実証するとともに,水槽の形状や流場の形成方法についても新たな定量研究を実施し,餌料生物の性能評価や仔魚の性状評価技法にまで発展させた。以上のように,阪倉氏は種苗生産方法を定量化することにより,難種苗生産魚の生産技術向上に大きく貢献した。