平成25年度日本水産学会賞各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 佐藤 實

 秋季大会期間中の平成25年9月19日に開催した学会賞選考委員会において各賞受賞候補者の選考を行い,平成25年度第6回理事会(平成25年12月7日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下の通りである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。

総評
 いずれの賞についても,候補として推薦件数は少なかった。しかし,その内容はいずれも素晴らしいものであった。本年度は,それぞれの候補者の業績について,選考委員が分担して詳細に調べた上で選考委員会での議論を行うという作業手順を取ったため,ここの業績内容についての理解が深まり,選考過程で大きく意見が対立することはなかった。集中的な議論があったのは推薦状の書き方についてであった。他の学会での受賞実績がある場合に,その業績の内容と本学会の賞に対する業績の内容の違いを推薦文の中で明確することを求めるべきである。また,複数の研究者による業績と考えられる場合には,受賞対象者の業績を他の共同研究者の業績と明確に切り分けて推薦理由が説明されるべきではないかという議論であった。今回これらの議論について,明瞭な結論を出すことはなかったが,今後,推薦状を書かれる時には,こうした議論があることを意識する必要があろう。今回,残念であったのは,推薦件数が少ないことであった。選考委員会では,論文の評価のみにこだわることなく,様々な視点から広く推薦者の業績を評価しようと努力している。次年度は,そのような委員会の努力が理解され,様々な視点から多くの推薦が寄せられることを期待している。

日本水産学会賞
選考経緯:2件の推薦があった。候補者の推薦理由書および対象業績に対して,担当する選考委員から補足の説明がなされ,討議が行われた。委員による可否投票の結果,投票総数の過半数の賛成票が得られたことから,2件を日本水産学会賞候補として理事会に提案することが可決された。

日本水産学会功績賞
選考経緯:2件の推薦があった。候補者の推薦理由書および対象業績に対して,担当する選考委員から補足の説明がなされ,討議が行われた。委員による可否投票の結果,投票総数の過半数の賛成票が得られたことから,2件を日本水産学功績賞候補として理事会に提案することが可決された。

水産学進歩賞
選考経緯:5件の推薦があった。候補者の推薦理由書および対象業績に対して,担当する選考委員から補足の説明がなされ,討議が行われた。委員による4名連記投票の結果,投票総数の過半数の賛成票が得られた4件を水産学会書進歩賞候補として理事会に提案することが可決された。

水産学奨励賞
選考経緯:3件の推薦があった。候補者の推薦理由書および対象業績に対して,担当する選考委員から補足の説明がなされ,討議が行われた。委員による可否投票の結果,投票総数の過半数の賛成票が得られたことから,3件を水産学会奨励賞候補として理事会に提案することが可決された。

水産学技術賞
選考経緯:2件の推薦があった。候補者の推薦理由書および対象業績に対して,担当する選考委員から補足の説明がなされ,討議が行われた。委員による可否投票の結果,投票総数の過半数の賛成票が得られたことから,2件を水産学技術賞候補として理事会に提案することが可決された。

学会賞選考委員会内規に従い,全ての賞の選考後,水産学進歩賞について受賞可能件数の制限を超えて受賞者を追加するかを審議した結果,追加しないこととした。

各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞
岡本信明氏 「魚類ウイルス病の防除に関する研究」
 連鎖解析により,ニジマスのウイルス病である伝染性膵臓壊死症に対する抵抗性遺伝子座を見出し,特定の感染症に対する抵抗性遺伝子座の推定に魚類で初めて成功した。同様に,ニジマスの伝染性造血器壊死症とヒラメのリンホシスチス病に対する抵抗性遺伝子座を特定した。特に,後者については,抵抗性遺伝子と連鎖するDNAマーカーを用いた親魚選抜に水産分野で初めて成功し,この手法で作成された抵抗性種苗は被害の軽減に大きく貢献している。また,魚類における細胞障害性T細胞の存在を証明し,その成果は,ウイルス病に対するワクチン開発への貢献が期待されている。このように,岡本信明氏は水産科学・技術の分野への大きな貢献をされた。
金子豊二氏 「浸透圧調節を中心にした魚類生理に関する機能形態学的研究」
 金子氏はこれまでに魚類の生殖生理,カルシウム代謝,および浸透圧調節に関する研究に従事してきたが,一貫して機能と形態の両側面からこれらの生物現象の解明を目指し,多くの優れた成果を挙げてきた。中でも塩類細胞を核とする魚類の浸透圧調節に関する研究は,国際的にも高く評価されている。最近では,海水魚の塩類細胞がカリウムを排出することを証明し,その分子メカニズムを明らかにした。さらに,放射性セシウムによる水産物の汚染が深刻な社会問題となっている中,体内に取り込まれたセシウムがカリウム排出機構を介して体外に排出されることを発見した業績は特筆に値する。このように,金子氏の一連の研究は基礎研究として卓越しているばかりでなく,水産学の発展に大きく貢献するものである。

日本水産学会功績賞
瀬川 進氏 「沿岸性頭足類の生活史に関する研究」
 瀬川氏は,昭和49年に東京水産大学に任官されて以来,一貫して沿岸性頭足類や軟体動物の増殖に関する研究に取り組まれ,多数の業績をあげてこられた。その間,日本動物学会論文賞の受賞など,本分野の発展に寄与されるとともに,多くの優れた人材の指導,育成にあたられた。また,本学会の編集幹事,庶務幹事,支部幹事,出版委員会委員,編集委員会委員,出版委員会委員長,編集委員会副委員長,理事会監事,ならびに水産増殖学会評議員,国際頭足類諮問会議諮問委員などを歴任され,学会の運営・発展への貢献および学術・教育に関する社会的な功績が高く評価された。
堀 貫治氏 「海藻レクチンの構造および機能に関する研究」
 堀氏は,水産資源として重要な海藻類に含まれるタンパク質,特に糖結合性タンパク質であるレクチンに着目し,世界に先駆けてその探索と性状解明および体系化を果たした。その成果は,世界的に高く評価される科学雑誌に公表され,我が国の水産に関わる科学を世界レベルに押し上げるとともに,日本水産学会誌やFisheries Scienceにも発表している。加えて,医療や診断の素材としての利用など産業的な貢献も大きい。また,日本水産学会理事,評議員,中四国支部長,学会賞選考委員会委員,企画広報委員会委員を歴任し,水産学の発展に運営面からも寄与していることも高く評価された。

水産学進歩賞
岡内正典氏 「餌料用微細藻類の高増殖株作出と培養法の開発及びその有効利用に関する研究」
 種苗生産技術は,我が国が誇るべき水産技術である。その技術の発展は,様々なレベルにおける,技術者・研究者の協力と競争の結果である。そのため,この分野では,個人レベルでの研究成果が評価されにくい。餌料用微細藻類の研究も,種苗生産技術開発の重要な一部であるが,その成果が帰結するところは種苗生産の現場であり,研究論文のみから,功績を評価することは困難である。受賞者は,この分野において我が国を代表する研究者であり,その成果は現場的に広く応用されている。また,この研究分野のリーダの一人として,長くこの分野の研究を牽引してきた。選考委員会はこの点を高く評価した。
田 永軍氏 「日本周辺の水産資源の長期変動に及ぼす気候と海洋環境変化の影響に関する研究」
 田 氏は,我が国周辺海域における重要水産資源の長期的な変動と海洋環境の変化について,長期時系列データを新しい手法で解析し,生態系のレジームシフトへの応答が魚種毎に異なることを明らかにした。また,サンマ資源は漁獲よりも環境変動の影響が大きい事等を見出した。これらの成果は生態系的視点に基づく適正な資源管理方策や,中長期的資源動向予測の技術の開発に役立つと期待される。これら一連の成果は,太平洋十年規模変動(PDO)等の海洋環境と水産資源の変動の関係解明に寄与するものであり,資源管理手法の開発に活用され,水産学の進歩に貢献したと評価出来る。
二羽恭介氏 「養殖ノリの培養・交雑と分子マーカー解析による遺伝育種学的研究」
 ノリ養殖には様々なタネ(養殖株)が使われているが,分類が困難で,新しい養殖品種の開発には養殖株の種名の特定や遺伝的関係の整理が必要であった。二羽氏は,多くのノリ生産者の協力を得て,養殖株の形態観察とDNA解析をおこない,ほとんどがナラワスサビノリであることを明らかにし,養殖株の系統関係を整理した。次いで,自身が開発した純系化技術を用いて,純系株の特性把握から優良株の作出に取り組んできた。また,養殖ノリの種判別を簡便におこなえるDNA鑑定法を開発し,種間交雑実験から異質倍数性が生じることを初めて明らかにした。さらに,イオンビームを活用した突然変異育種による品種開発にも取り組み,漁業者の現場ニーズに対応した試験研究を進めており,水産業への貢献が大きい。
舞田正志氏 「養殖魚の抗病性に関する血液生化学的研究」
 血液生化学検査と感染実験により養殖魚の血漿コレステロール値が抗病性評価の指標になり得ることを明らかにした。この成果をもとに,ブリ用配合飼料の魚粉代替タンパク質に関する栄養学的研究に参画し,低魚粉飼料の健康維持機能の側面からの評価に貢献した。また,低溶存酸素環境が血漿コレステロール値や抗病性の低下および感染症による死亡率増加につながることを見出した。この研究に基づいて,溶存酸素量のコントロールによる細菌感染症の被害軽減技術がヒラメ養殖場で使用され効果をあげている。これらの業績は,栄養学的要因および飼育環境の管理による養殖魚の健康管理につながるものであり,今後の研究のますますの発展が期待される。

水産学奨励賞
金子 元氏 「シオミズツボワムシ個体数変動の分子機構に関する研究」
 安定した環境のもとでも生物の個体数は一定ではなく,変動幅が時には数百倍に及ぶような増加と減少を繰り返す。個体群の爆発的な増加とその後の崩壊は,水産資源学上の重要課題であると同時に,古くから生態学者の興味の対象ともなってきた現象である。金子元氏が研究対象としたのは,水産分野における初期餌料生物として極めて重要なシオミズツボワムシである。同氏はその個体数の変動メカニズムについて,栄養制限が誘導する熱及び酸ストレス耐性の増大に注目し,それを遺伝子レベルで解明した。これは水産学という実学分野への貢献度が高いことは言うまでもないが,個体群生態学分野への影響も大きく,今後ますますの発展が期待される。
中屋光裕氏 「飼育実験によるサンマの資源動態モデルに寄与する生体情報の取得」
 サンマは我が国の重要な水産資源であるが,大規模な回遊を行い,広い産卵域でほぼ周年にわたり産卵を行うため,再生産関係が十分把握できていない。中屋氏は,これまで困難とされていたサンマのふ化から成熟・産卵に至るまでの完全飼育に成功し,成熟・産卵に達する日数および体長を明かにするとともに,成熟に及ぼす体サイズ,肥満度,ふ化後日数の影響を評価し,さらに,ふ化から変態完了時までの成長と資源加入量との関係等を明らかにした。これら一連の研究により,従来の野外調査では得られなかった本種の生体情報を取得し,サンマにおける資源動態モデルを用いた実効性の高い資源管理方策の策定に大きく貢献した。
矢澤良輔氏 「耐病性系統作出を目指した魚類分子免疫学に関する研究」
 矢澤氏は海水魚の病態生理学および繁殖生理学を基礎とした効率的な増養殖技術の開発を目指した研究を行い,分子生物的なアプローチで魚類の生体防御機構を解明し,得られた情報を駆使して遺伝子導入魚を作出することで高い耐病性を示す個体を生産する技術の開発に成功した。すなわち,ニワトリリゾチーム遺伝子を上皮のみで発現させる遺伝子組換えゼブラフィッシュを作出し,この系統が種々の魚病細菌に高い抗病性を有していることを明らかにしている。このように矢澤氏は極めて理論的な戦略で遺伝子組換え技術により,抗病性を導入可能であることを明らかにするなど,水産学奨励賞にふさわしいものと思われる。

水産学技術賞
大関芳沖氏
  胡 夫祥氏 「稚魚定量採集用層別採集具の開発」
  戸松千秋氏
 遊泳力のある稚魚や小型魚類を水深別に定量採集するには,網口面積が一定のネットを対象生物の遊泳速度より高速で曳き,かつ水深に応じてネットを開閉させる必要がある。大関・胡両氏は,まず高速曳網が可能な仔稚魚定量採集用フレームトロールの開発を進め,網口がほぼ直立姿勢を維持し,曳網速度が変化しても一定の曳網水深を維持できるMOHTネットを開発した。さらに電子制御系を担当する戸松氏(当時,鶴見精機)を迎えて,アーマードケーブルや音響切り離し装置を用いることなく,水深層ごとに指定された条件で自律的にネットの開閉を行う仕組みを加えて網口自律開閉型の層別採集具を新たに開発した。この過程で開発された採集具は,国内外の水産研究所,海洋研究所などに普及してきており,水産資源・海洋研究の発展に大きく貢献するものである。
宮腰靖之氏 「サケマス資源の増殖保全技術の向上」
 宮腰氏はシロザケやサクラマス資源の増殖保全技術の発展の為に,増殖効果を定量的に評価する方法を開発した。まず,サクラマスについては放流サイズと回帰率の関係を調査し,30g以上のスモルトの放流効果が高いことなど,費用対効果も含め総合的に評価した。また,遊漁船や自動車を抽出単位とした定量的調査により,遊漁による影響も無視できないことを初めて明らかにした。次にシロザケついては北海道の85の非放流河川で,種苗放流を実施している河川と合わせると206の河川で自然産卵を確認した。このように,宮腰氏の研究はサケマス資源の保全や増殖技術の発展に不可欠であり,国際的にも評価されており,水産技術賞にふさわしいものと思われる。