平成24年度日本水産学会賞各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 佐藤 實

 秋季大会期間中の平成24年9月14日に開催した学会賞選考委員会において各賞受賞候補者の選考を行い,平成24年度第6回理事会(平成24年12月15日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下の通りである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。

総評
 平成24年度は,日本水産学会賞1件,日本水産学会功績賞2件,水産学進歩賞4件,水産学奨励賞8件,および水産学技術賞6件の推薦があった。いずれも水産学が直面している重要な課題における優れた業績として高く評価されるものであった。推薦業績内容を分野別に見ると,大まかには漁業・資源関係5件,水産生物・増養殖関係10件,および水産化学関係6件に分かれ,環境関係の推薦はなかった。水産学奨励賞では水産生物・増養殖関係の推薦課題が多かったが, 全体に各分野間の区分はそれほど明確ではなく,各分野の研究が分野間の境界を超えた広がりを持つ傾向が見られた。
 学会賞選考委員会は,「学会賞授賞規程」ならびに「学会賞選考委員会内規」に基づき,推薦された各件の担当者が推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査の結果を選考委員会で報告・検討し,また欠席委員からの意見も得るなど,選考に最善を尽くした。本選考結果が受賞者のさらなる研究進展の契機となるとともに,水産学の一層の発展に寄与することを願う次第である。
 なお,今年度に選考されるに至らなかったものの中には優れた研究業績を含んでいると判断されるものがあったこと,および日本水産学会賞の推薦件数が授賞可能数を下回った点や水産学進歩賞の推薦件数が例年に比べて少なかった点は残念であったことを付記する。

日本水産学会賞
選考経緯:授賞可能件数2件に対して1件の推薦があり,投票により投票総数の過半数を得た本件1件を選考した。魚類の卵形成タンパク質に関する免疫生化学的な研究の成果は卓越しており,水産学の発展に大いに寄与したものとして高く評価された。

日本水産学功績賞日本水産学会功績賞
選考経緯:授賞可能件数2件に対して2件の推薦があり,2名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た本2件を選考した。それぞれ「水産資源の変動機構」に関する長年の卓越した研究業績と「水産養殖における病害防除技術」に関する卓抜した貢献が高く評価された。

水産学進歩賞
選考経緯:授賞可能件数4件に対して4件の推薦があり,4名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た本4件を選考した。

水産学奨励賞
選考経緯:授賞可能件数4件に対して8件の推薦があった。4名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た3件を,まず選考した。選考数が授賞可能数に満たなかったので,すべての賞の選考終了後検討して追加選考を行うこととした。「学会賞選考委員会内規」に従って,授賞可能数の制限超過を可と判断した上で,選考されなかった5件について2名以内連記の投票を行い,過半数の票を得た2件を追加して,合計5件を選考した。

水産学技術賞
選考経緯:授賞可能件数3件に対して6件の推薦があった。3名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た2件を,まず選考した。すべての賞の選考終了後に「学会賞選考委員会内規」に従って検討して追加選考を行うこととした。選考されなかった4件のうち過半数にわずかに満たなかった2件について,2名以内連記の投票を行い,その結果,1件が過半数の票を得たので,この1件を追加して合計3件を選考した。


各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞
原 彰彦氏「魚類の卵形成タンパク質に関する免疫生化学的研究」
  原氏は,これまで一貫して魚類の血清タンパク質に関する免疫生化学的研究を行ってきた。同氏は,(1)免疫生化学的手法を用いて卵黄タンパク質前駆物質であるビテロジェニンの分子解裂機構や各ビテロジェニンの機能を明らかにすると共に,(2)環境エストロジェンの影響を評価する生物指標としての魚類ビテロジェニンに注目して微量測定系を確立し,生体外での環境エストロジェンの影響を調べた。さらに,(3)卵膜タンパク前駆物質であるコリオジェニンの測定系を確立し,遺伝子の発現などについて多数の研究論文を発表している。このように,原氏の研究は,魚類の卵形成機構を解明するための基礎研究として重要であるだけでなく,環境科学分野においても高く評価されており,水産学への貢献は極めて大きい。

日本水産学会功績賞
青木一郎氏「水産資源の変動機構解明と評価・予測に関する研究」
 青木氏は水産資源の変動機構解明と資源評価・予測に関する研究に長年にわたり取り組まれ,多数のすぐれた業績をあげてこられた。特に境界領域・複合領域の開拓と総合化のアプローチを特徴とする研究を進められ,音響計測,ニューラルネットワーク,定量的採集漁具の開発,そして浮魚類の再生産機構といった関連する幅広い研究分野で功績を残されるとともに,多くの人材の指導,育成にあたられてきた。また,本学会の副会長,理事,評議員,出版委員会委員長,学会賞選考委員会委員長を歴任され,学会の運営・発展に大きく貢献されたこと,さらに学術・教育に関する社会的な功績も高く評価された。
松里壽彦氏「水産養殖技術,特に病害防除に関する技術の開発」
 松里氏は昭和42年に農林省南西海区水産研究所に入所以来,長年にわたり,ウイルス,細菌,寄生虫等に起因する感染症から骨曲り等の非感染症に至るまで,さまざまな魚病について研究し,それまで未整理であった魚病診断法を体系化した。そのことによって同氏は病害防除の技術開発を進め,養殖技術の向上に貢献してきた。松里氏はまた,水産総合研究センターの理事を長く務め,平成22年からは理事長としてセンターの組織体制の確立に強いリーダーシップを発揮している。平成16年から19年には水産学会の理事も務め,その間「水産技術」の創刊を実現するなど,本学会の発展に貢献した。

水産学進歩賞
荒川 修氏「フグ類が保有する毒の分布,蓄積機構,および生理機能に関する研究」
 荒川氏は長年にわたりフグ類が持つ自然毒に関する研究に取り組んできた。主な業績として,無毒フグにテトロドトキシン(TTX)を与えて毒化させ,毒の移行経路や体内分布を明らかにし,さらにTTXの組織内の微細な分布を免疫組織化学的に可視化した。また,TTX以外にも麻痺性貝毒(PSP)やパリトキシン(PTX)様毒を持つフグ類がいることを見出した。最近はフグ毒の働きに着目し,毒保有生物におけるフグ毒の生理機能の解明にも取り組んでいる。このように荒川氏はフグ類が保有する自然毒について多面的に研究し,水産学の進展に貢献した。また,同氏は食中毒防止のための啓蒙活動を通じて研究成果の社会還元にも尽力している。
井上広滋氏「魚介類の生態を支える生理機能に関する分子生物学的研究」
 水圏生物は種に特異的な生息環境で生活するために多様な生理機能を必要とする。井上氏は,ムラサキイガイ類の付着機能に着目し,足糸蛋白質の構造と役割を解明するとともに,これまで困難であった3種のイガイの種判別PCRマーカーを開発した。また,魚類の浸透圧調節に関わるペプチドホルモンの機能進化の研究では,新たに複数のペプチドホルモン遺伝子を発見し,祖先分子から複雑なホルモンファミリーへの進化過程を解明した。さらに,熱水噴出域に分布するイガイ類が,浸透圧調節に利用していた生理機能を硫化水素の無毒化に応用する機構の解明に取り組んでいる。これらの研究成果は,魚介類の生理機能の分子生物学的研究に大いに貢献するもので,今後の発展が期待される。
小島隆人氏「魚類の心電図導出技術を用いた聴覚感受性などの評価に関する研究」
 小島氏は,漁獲行為が対象生物に及ぼす影響について生理学的なアプローチから研究を進められ,特に魚類の聴覚感受性というテーマについて心電図測定の手法を導入され,研究成果をあげてこられた。この内容は基礎生理学の分野から漁業への応用までを幅広く包含し,近年はマイクロデータロガーによる生理状態のモニタリング技術に活用されるとともに,飼育環境下,そして漁獲過程におけるストレスを判定する手法へと展開されてきている。これらの一連の研究活動ならびに水産学シリーズ等を通じた成果公表は水産学の発展に大いに寄与するものと評価された。
齋藤洋昭氏「水産物中の脂質成分の分布・動態の解明とその応用に関する研究」
 斎藤氏は脂肪酸の精密な定性・定量分析技術を用い,これまで捕食者の胃内容物からの捕食−被捕食関係の推定や安定同位体比の分析などに限られてきた海洋の食物網の解析に,脂肪酸の系群解析という新たなツールを提案し,結果として脂肪酸という化学物質を指標に海洋生態系の構造を明らかにするという,新しい学問分野を拓いた。一例を挙げると,イオウ酸化細菌と共生するシロウリガイ類やメタン酸化細菌を共生するシンカイヒバリガイ類が蓄積する極めてユニークなn-4族PUFA類が,宿主と共生細菌の閉じられたユニークな食物連鎖系に由来することを世界で初めて明らかにした。さらに,脂肪酸の精密分析技術を応用して,DNA等では判別不可能な養殖魚と天然魚の判別に,それぞれの魚の特徴ある脂肪酸含有比の解析が有効であることを示した。以上の成果は,基礎と応用の両面から水産学を進歩させたものとして高く評価できる。

水産学奨励賞
大久保範聡氏「魚類の脳の性成熟機構に関する研究」
 魚類の性成熟に関する研究は,安定的種苗生産を可能にし,水産増養殖に大きく貢献してきた。しかし,その多くは生殖腺と下垂体に焦点をあてたもので,それらを支配する脳の研究は乏しかった。大久保氏は,魚類における複数のゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)とそれに対応する受容体の存在,鼻部と終脳前端部で誕生したGnRH産生細胞の移動と下垂体への連絡の過程,脳における組織・細胞レベルでの性差とその確立・維持における性ホルモンの役割,さらに,繁殖行動を司る脳領域での雌特異的な性ホルモン受容体の発現を解明し,脳の性成熟機構の理解を飛躍的に進展させた。これらは今後,水産の基礎・応用研究に大きく貢献することが期待される。
田中庸介氏「海産多産性魚類の初期生残機構の解明とその増養殖への応用に関する研究」
 海産魚類の資源管理と増養殖業の展開には,初期生残過程の解明が必要不可欠である。田中氏は,我が国の重要な水産資源であるクロマグロとヒラメに関して,野外調査と室内の飼育実験を組み合わせて研究を進めてきた。初期生活史において強い魚食性を示すクロマグロには,ふ化後2週間以内における成長選択的生残や飢餓に対する極めて敏感な感受性が存在することを野外調査により明らかにした。このような知見と,大型飼育水槽での夜間潜水観察などによって沈降死の実態を明らかにし,種苗生産における初期生残率を飛躍的に向上させた。また,ヒラメにおいては,稚魚の育成場における生き残り過程を大規模な実験的放流によって明らかにし,放流技術の改善に貢献した。
長阪玲子氏「魚類代謝制御経路の解明と養殖魚品質向上への適用に関する研究」
 米糠などに含まれる脂質成分の一つであるγオリザノールには,哺乳類の脂質代謝を調節する機能があり,抗高脂血症効果や抗酸化効果などがあることが知られていた。しかし,その有効量を我々が日々摂取する方法がなかった。長阪氏は,γオリザノール強化餌料を与えた養魚中にはγオリザノールが蓄積すること,その養魚を人間が毎日食べることで有効量のγオリザノールを摂取でき,メタボリックシンドローム改善効果が期待できること,を示した。また,魚類でもγオリザノールが脂質の異化を促進し,結果として餌料効率を上げるため投餌量を減じることができるので,養殖による環境負荷の低減が期待できることを示した。これらの研究成果は,水産食品の高機能化と持続可能な水産業の構築という,二つの面から大きく人類の福祉に貢献するものであり,今後のますますの発展が期待される。
長谷川 功氏「外来サケ科魚類の侵入に関わる生態学研究」
 長谷川功氏は,外来サケ科魚類が在来種の生態に与える影響と外来種定着のしくみに関する研究を行った。野外調査と室内実験によって,優位な外来種との種間競争が在来種の種内競争よりも強くはたらくことが置換に寄与していること,種間・種内競争の強さや外来種への置換の起こりやすさは環境条件によって変化すること,外来種定着のしくみには利用可能な空きニッチの存在が重要であること,などを明らかにした。得られた研究成果を国際的に評価の高い学術誌に発表しており,日本水産学会誌やFisheries Science誌にも論文を発表している。外来サケ科魚類に関する生態学的研究として,今後の研究の進展が期待される。
畑瀬英男氏「ウミガメ類の回遊生態と生活史に関する研究」
  畑瀬氏は,一貫してウミガメ類の行動生態を研究してきた。夜間産卵調査に加え,衛星追跡,安定同位体分析,遺伝子分析など新技術を取り入れて総合的に研究を進めてきた。特筆すべき成果は,衛星追跡と安定同位体分析を併用することで,同一個体群の成熟個体の中に回遊生態と生活史の多型現象があることを明らかにしたことである。この大型海洋動物における代替生活史の出現および維持機構を解明することで,サケやウナギなどの生物界に広く見られる代替生活史の理解が大きく進んだ。一連の研究はウミガメの基礎生物学を大きく進めただけでなく,生物一般の進化生態学にも大きく貢献し,希少水生生物の保全の観点から水産学への貢献も大きい。

水産学技術賞
宍道弘敏氏「鹿児島湾マダイ資源の増殖管理技術の開発」
 宍道弘敏氏は,鹿児島湾におけるマダイの種苗放流技術に関わる総合的な研究を行った。まず,種苗放流の効果を市場水揚げの全数調査によって明らかにするとともに,埋め立てによる成育場の喪失が天然資源の減少を招いたことを解明した。次に,分子遺伝学的手法によって,種苗放流が天然集団に与える遺伝的影響の程度が小さいことを明らかにした。これらの知見を基礎として,鹿児島湾における天然のマダイの,数理解析による資源評価と種苗放流による資源増殖を組み合わせた資源管理方策を定式化した。天然魚と放流魚を対象とした包括的な沿岸資源の管理方策に関する技術的研究として,今後の実践的展開が期待される。
髙木 力氏「漁具の動力学モデルとその数値シミュレーション」
 環境や操業条件により大きく変化する漁具に対する力やその形状を明らかにすることは漁具効率や安全上きわめて重要であるが,漁具の規模が大きいために実測評価が難しい。高木氏は漁具に作用する流体力を波動境界値問題として算定する方法や,網地を質点とバネのモデルで表現した数値シミュレーションシステムを開発し,コンピューター上で漁具の水中形状の挙動を再現した。これにより網地の破断等や網目形状が設計段階で予測可能となり,漁獲個体の選択制や漁獲過程を明らかにすることができるようになった。本研究成果は実際のまき網母船に漁労支援システムとして実装されるなど,水産学および水産業の発展に大きく貢献した。
山野恵祐氏
  藤原篤志氏「生理活性ペプチド(クビフリン)を用いたマナマコ採卵技術の開発」
  吉国通庸氏
 重要な沿岸漁業対象種のひとつであるマナマコは,近年は中国への輸出が急増している。わが国では種苗放流や養殖の必要性が増大しているが,その基盤となる人工種苗生産には安定した採卵技術を確立することが必要である。吉国氏によるマナマコの卵成熟誘起ホルモンの発見と構造決定が技術開発の発端である。ついで,山野・藤原両氏が,産卵・放精誘発条件の詳細な検討を進めて,簡便で安定した採卵技術を確立した。このホルモン(クビフリン)は(株)産学連携機構九州によって実際に製品として市販され,多くのマナマコ種苗生産機関でこの手法が採用されている。