水産学奨励賞 |
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大久保範聡氏「魚類の脳の性成熟機構に関する研究」
魚類の性成熟に関する研究は,安定的種苗生産を可能にし,水産増養殖に大きく貢献してきた。しかし,その多くは生殖腺と下垂体に焦点をあてたもので,それらを支配する脳の研究は乏しかった。大久保氏は,魚類における複数のゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)とそれに対応する受容体の存在,鼻部と終脳前端部で誕生したGnRH産生細胞の移動と下垂体への連絡の過程,脳における組織・細胞レベルでの性差とその確立・維持における性ホルモンの役割,さらに,繁殖行動を司る脳領域での雌特異的な性ホルモン受容体の発現を解明し,脳の性成熟機構の理解を飛躍的に進展させた。これらは今後,水産の基礎・応用研究に大きく貢献することが期待される。 |
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田中庸介氏「海産多産性魚類の初期生残機構の解明とその増養殖への応用に関する研究」
海産魚類の資源管理と増養殖業の展開には,初期生残過程の解明が必要不可欠である。田中氏は,我が国の重要な水産資源であるクロマグロとヒラメに関して,野外調査と室内の飼育実験を組み合わせて研究を進めてきた。初期生活史において強い魚食性を示すクロマグロには,ふ化後2週間以内における成長選択的生残や飢餓に対する極めて敏感な感受性が存在することを野外調査により明らかにした。このような知見と,大型飼育水槽での夜間潜水観察などによって沈降死の実態を明らかにし,種苗生産における初期生残率を飛躍的に向上させた。また,ヒラメにおいては,稚魚の育成場における生き残り過程を大規模な実験的放流によって明らかにし,放流技術の改善に貢献した。 |
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長阪玲子氏「魚類代謝制御経路の解明と養殖魚品質向上への適用に関する研究」
米糠などに含まれる脂質成分の一つであるγオリザノールには,哺乳類の脂質代謝を調節する機能があり,抗高脂血症効果や抗酸化効果などがあることが知られていた。しかし,その有効量を我々が日々摂取する方法がなかった。長阪氏は,γオリザノール強化餌料を与えた養魚中にはγオリザノールが蓄積すること,その養魚を人間が毎日食べることで有効量のγオリザノールを摂取でき,メタボリックシンドローム改善効果が期待できること,を示した。また,魚類でもγオリザノールが脂質の異化を促進し,結果として餌料効率を上げるため投餌量を減じることができるので,養殖による環境負荷の低減が期待できることを示した。これらの研究成果は,水産食品の高機能化と持続可能な水産業の構築という,二つの面から大きく人類の福祉に貢献するものであり,今後のますますの発展が期待される。 |
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長谷川 功氏「外来サケ科魚類の侵入に関わる生態学研究」
長谷川功氏は,外来サケ科魚類が在来種の生態に与える影響と外来種定着のしくみに関する研究を行った。野外調査と室内実験によって,優位な外来種との種間競争が在来種の種内競争よりも強くはたらくことが置換に寄与していること,種間・種内競争の強さや外来種への置換の起こりやすさは環境条件によって変化すること,外来種定着のしくみには利用可能な空きニッチの存在が重要であること,などを明らかにした。得られた研究成果を国際的に評価の高い学術誌に発表しており,日本水産学会誌やFisheries Science誌にも論文を発表している。外来サケ科魚類に関する生態学的研究として,今後の研究の進展が期待される。 |
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畑瀬英男氏「ウミガメ類の回遊生態と生活史に関する研究」
畑瀬氏は,一貫してウミガメ類の行動生態を研究してきた。夜間産卵調査に加え,衛星追跡,安定同位体分析,遺伝子分析など新技術を取り入れて総合的に研究を進めてきた。特筆すべき成果は,衛星追跡と安定同位体分析を併用することで,同一個体群の成熟個体の中に回遊生態と生活史の多型現象があることを明らかにしたことである。この大型海洋動物における代替生活史の出現および維持機構を解明することで,サケやウナギなどの生物界に広く見られる代替生活史の理解が大きく進んだ。一連の研究はウミガメの基礎生物学を大きく進めただけでなく,生物一般の進化生態学にも大きく貢献し,希少水生生物の保全の観点から水産学への貢献も大きい。 |