水産学進歩賞 |
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吾妻行雄氏 「海藻群落におけるウニ類の個体群動態に関する生態学的研究」
ウニ類は沿岸岩礁生態系の海藻群落の基礎生産力に依存する主要な一次消費者であり、沿岸漁業における重要な生物資源でもある。ウニ類の生態的研究については、これまで理学的な観点からのものは断片的にはあったが、水産学的な観点からの総合的な研究は少なかった。吾妻氏は、ウニ類の成長制御要因を解明するとともに、索餌活動と海藻群落の遷移に関する調査研究を実施し、バフンウニが地球温暖化の進行に伴う沿岸岩礁域の群集構造の変化を探る重要な鍵種になることなど、資源管理および漁場保全に関わる多くの新知見を示した。これらの成果は藻場の保全やウニ類資源の管理に貢献するものとして評価される。 |
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井口恵一朗「アユの生態学的研究」
井口氏は、これまで一貫してアユの生態学に関わり、生活史、分子生物学、個体群生態学から生態系生態学に関する数多くの研究を行い、この分野の発展に多大な功績を修めた。特に、アユのなわばり形成が個体群密度依存効果に起因すること、琵琶湖産アユの人工孵化放流が自然再生産の野生魚に病気の伝搬および遺伝的多様性の低下を誘因することを明らかにした点は高く評価される。本州の河川生態系ではアユがキーストン種として位置づけられることから、生態系をベースとする資源管理の重要性を提言している。受賞者のこれら一連の研究は、アユを通して内水面水産業における生態系保全型増殖研究の体系化に貢献しており、今後の発展が期待される。 |
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太田博巳「魚介類の良質精子作出・保存法の開発に関する研究」
精子は卵子と比べるとあまり注目されない生殖細胞である。我が国においても魚類精子の研究者は数少ない。その中にあって、太田氏は早くから魚類精子の凍結保存技術の開発や、運動能力獲得メカニズムの解明などに一貫して取り組み、多くの成果を挙げてきた。とりわけ、ウナギの催熟に伴う精子の運動能獲得メカニズムの研究は、ウナギの種苗生産技術開発の一部をなす技術として重要である。また、最近では、アコヤガイの精子の凍結保存法を開発し、この技術を育種に応用することを試みており、今後の成果も期待される。 |
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鈴木 徹氏「異体類の左右非対称性形成と稚魚発生機構に関する研究」
鈴木氏は稚魚の発生機構、特に異体類の非対称性形成の制御機構に関して、世界が注目する優れた研究を展開した。すなわち、魚類の胚発生期に共通して発現し、内臓と間脳の左右非対称性を制御するノダル経路が、異体類では固有な現象として変態初期にも再発現し、前脳の非対象性を介して眼位を制御することを証明した。また眼位異常はノダル経路の抑制が原因であることも明らかにした。これら一連の成果は、発生生物学の基礎研究を深化させたのみならず、異体類種苗生産の形態異常の根本的な原因究明を通して、水産業への応用にも貢献するものである。 |
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永井宏史氏「刺胞動物の刺傷原因タンパク質毒素に関する化学的研究」
水圏の刺胞動物がもつタンパク質毒素については、その存在は知られていたものの毒の本体や作用機構は長い間不明であった。その理由は極めて不安定であるために活性を保持した状態で精製毒を得ることができないことにあった。永井氏はこの難題に果敢に取り組み、毒の不安定性要因を突き止め、世界に先駆けて立方クラゲ類、イソギンチャク類およびサンゴ類など種々刺胞動物のタンパク質毒素を精製することに成功し、その分子構造や作用機構などに関して数多くの新知見を示した。本研究成果は学術上だけでなく、特異的抗血清による治療法の開発など公衆衛生上も重要で、水産学の発展に寄与するものである。 |