平成28年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 荒井克俊

 秋季大会期間中の平成28年9月8日に開催した学会賞選考委員会において各賞受賞候補者の選考を行い,平成28年第6回理事会(平成28年12月10日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下の通りである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。


平成28年度日本水産学会各賞選考の総評と選考経過

学会賞選考委員会委員長 渡邊良朗

総 評
 平成28年度は,日本水産学会賞4件,日本水産学会功績賞2件,水産学進歩賞4件,水産学奨励賞7件,水産学技術賞3件の推薦があった。業績内容の分野別推薦件数を見ると,漁業・資源関係4件,水産生物・増養殖関係11件,環境関係2件,水産化学・生命科学関係3件であった。いずれも水産学上の重要な課題における優れた業績として評価される内容であった。
 学会賞選考委員会は,「学会賞授賞規程」ならびに「学会賞選考委員会内規」に基づいて,推薦された各件について調査担当委員を設定し,推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査を行った上で,平成28年度第2回学会賞選考委員会(平成28年9月8日,於近畿大学)において,出席委員からの口頭報告と欠席委員からの書面報告の後に審議を行い,出席委員の投票によって授賞候補者を選考した。本選考結果が,受賞者の研究の更なる進展の契機となるとともに,水産学の一層の発展に寄与することを願う次第である。
 第2回学会賞選考委員会では,候補者選考をより客観化・迅速化するために,推薦書類の様式を改善することとし,その後,書類様式の改訂作業を進めていることを付記する。
日本水産学会賞
選考経緯: 授賞可能数2件に対して4件の推薦があり,各調査担当委員からの報告と出席委員による審議の後に11名の出席委員による投票を行い,過半数の票を得た今井一郎,菊池潔の両氏を授賞候補者として選考した。それぞれ,有害有毒プランクトンの研究,およびフグの性決定遺伝子の同定において卓越した成果を挙げ,水産学の発展に大きく貢献した業績として高く評価された。選考されなかった2件についても,それらの研究業績は高く評価されたが,授賞可能数の制約から授賞候補者となるには至らなかった。
日本水産学会功績賞
選考経緯: 授賞可能数2件に対して2件の推薦があり,本賞の候補者として推薦された杉田委員退席の後に,各調査担当委員からの報告と出席委員による審議の後に10名の出席委員による投票を行い,過半数の票を得た嵯峨直恆,杉田治男の両氏を授賞候補者として選考した。それぞれ長年にわたる水産植物学研究を生かした社会連携に関する研究,および水産増養殖に関する微生物学的研究に対する功績が高く評価された。
水産学進歩賞
選考経緯: 授賞可能数4件に対して4件の推薦があり,各調査担当委員からの報告と出席委員による審議の後に11名の出席委員による投票を行い,過半数の票を得た江口充,岡村寛,北門利英,藤本貴史の4氏を授賞候補者として選考した。それぞれ,魚類養殖に関わる環境微生物,統計モデルを使用した資源評価・管理手法,水産資源推測法および遺伝学的モデリング,魚類の発生・生殖生物学と育種技術に関する研究において,水産学の進歩に貢献する優れた業績を挙げた点が評価された。
水産学奨励賞
選考経緯: 授賞可能数4件に対して7件の推薦があり,各調査担当委員からの報告と出席委員による審議の後に11名の出席委員による投票を行い,過半数の票を得た高野倫一,長澤一衛,渡邊壮一の3氏を授賞候補者として選考した。4名の授賞可能数に対して1名の余裕があることから,次点の候補者2名を対象に,11名の委員による投票を行って過半数の票を得た候補者があった場合に追加の授賞候補者とすることとして投票を行った結果,いずれも過半数の票を得なかったので,追加候補者なしとした。授賞候補者3氏はそれぞれ,魚類病原体に対するワクチン開発,分子マーカーによる魚介類の生殖細胞同定,プロラクチンの分泌調節とその作用に関する研究において顕著な業績を挙げ,今後の発展が期待される点が評価された。
水産学技術賞
選考経緯: 授賞可能数3件に対して3件の推薦があり,各調査担当委員からの報告と出席委員による審議の後に11名の出席委員による投票を行い,過半数の票を得た水藤勝喜,野口勝明,増田賢嗣野の3氏を授賞候補者として選考した。それぞれ,クルマエビの採卵技術,温泉水を用いたトラフグ養殖技術,ウナギ仔魚の飼育技術に関する優れた業績が評価された。

各賞受賞者と受賞理由
日本水産学会賞
今井一郎氏 「有害有毒プランクトンの発生機構と発生防除に関する研究」
   今井氏は,有害有毒プランクトンによる赤潮と貝毒の発生機構と発生防除に関する研究に長年にわたって取り組み,国際的にも高く評価される独創的,先駆的な業績を数多く残すとともに,国内外における当該分野の発展をリードしてきた。特に,赤潮生物の生理生態学的特性と生活環の把握に基づく赤潮発生機構の解明および発生予察法の開発,さらには殺藻細菌の発見とそれを活用した有害有毒赤潮の生物的防除法の開発を行った一連の研究成果は,赤潮の生物学を赤潮防除に直結させた,水産学のモデル研究とも言える業績として高く評価される。水産学の発展に対する貢献はきわめて大きく,日本水産学会賞を授与するにふさわしいものと判断される。
菊池 潔氏 「ゲノムワイド解析によるフグ性決定遺伝子の同定」
   菊池氏は,「ゲノム情報を,水産遺伝学を通じて応用に結びつけること」を提唱・実践し,その予見性が新規性決定遺伝子を発見することに結びついた。「有用形質を支配するゲノム上の変異」を同定するために,遺伝学的情報とDNA 配列を結びつける「統合ゲノム地図」が必須であり,菊池氏はトラフグの精密な「統合ゲノム地図」を作成した。この「統合ゲノム地図」を用い,フグ類の雌雄が一つの遺伝子(Amhr2)上のたった一塩基の違いにより決定されていることを明らかとし,「アレルによる性決定」という考え方を提唱した。さらに,研究成果の社会還元にも積極的に取り組み,トラフグの性を簡便に判別する方法を開発するとともに,超オス(YY 型)の選抜育種に成功した。このように菊池氏は,水産科学・技術ならびに水産業の発展に大きく寄与した。
日本水産学会功績賞
嵯峨直恆氏 「水産植物学研究を生かした社会連携の体系化」
   嵯峨氏は水産重要種であるスサビノリをモデルとして大型海藻の研究に長年にわたって取り組み,数々の研究業績を上げた。特にスサビノリの純系株の確立,無菌大量培養法の開発,EST情報の整備,全ゲノム解析,形質転換技術の開発等,海藻研究の発展を促すバイオテクノロジー基盤技術の体系化に大きく貢献した。さらに,水産学分野におけるユニークな産学官連携を積極的に推進して大学の研究成果を活用した新規産業育成に努め,地方活性化に多大な貢献を果たした。また,日本水産学会においても理事や北海道支部長を務めるなど,本学会の運営,発展のために尽くした。以上のように,嵯峨氏の学術及び産業応用両面における多大な功績は,日本水産学会功績賞を受賞するにふさわしいものであると評価された。
杉田治男氏 「水産増養殖に関する微生物学的研究」
   杉田氏は,嫌気培養などの研究技術を導入して,淡水魚類の腸管内には特定の偏性嫌気性菌が高密度で存在することを見いだした。また,魚介類の腸内細菌叢は,魚種,成長段階など内外の多くの要因によって変動するため,個体差が大きいことなどを明らかにした。他方では,魚類腸内細菌はビタミンB12やプロテアーゼやグリコシダーゼなどの酵素を生産し,宿主の消化の補助に寄与していることを示した。さらに,スベスベマンジュウガニやショウサイフグの腸管から分離した細菌が,テトロドトキシンを生産するとの発見にも貢献した。さらに,出版による水産学への貢献や水産学会の運営に対する尽力などの功績も高く評価された。
水産学進歩賞
江口 充氏 「魚類養殖に関わる環境微生物の生理生態学的研究」
   江口氏は,長年,魚類養殖環境における微生物の生理生態学的研究に取り組み,多大な成果を上げてきた。なかでも,魚類養殖場では,海底から巻き上がる浮泥中の微生物による自浄作用が極めて大きいことや,その活性に季節変動があることなどを見出した。種苗生産過程では,微細藻類と特定の細菌が共同でビブリオ病原菌を抑制することを解明し,感染症予防における微細藻類の重要性を明らかにした。さらに,海洋性のビブリオ病原菌が淡水環境で生き残るメカニズムを解明し,ビブリオ病の防疫を行ううえで極めて重要な知見を導き出した。以上,江口氏の研究は,学術的価値が高いばかりでなく,産業的な貢献度も高いことから,水産学進歩賞にふさわしいと判断される。
岡村 寛氏 「統計モデルを利用した斬新な水産資源評価・管理手法の開発」
   岡村氏は,各種統計モデルを利用した独自の水産資源評価手法の開発を通じて,世界および国内の水産資源管理の進展に大きく貢献してきた。同氏の開発した鯨類の個体数推定法は国際捕鯨員会IWCでも高く評価され,南極海のクロミンククジラの個体数推定値を与える計算式として採用された。また,鮫類,カジキ,イカ,オットセイなどの生物の評価手法や生態系評価手法,漁具の水中形状推定などに対する統計モデル手法など,さまざまな手法の開発を行った。国内では,一般化状態空間モデルを利用した資源管理効果の定量化や,情報不足下での資源管理手法の改善,放射性物質による水産物の汚染度の定量化法の開発などの優れた業績を上げ,水産業および水産学の発展に大きく貢献した。
北門利英氏 「水産資源解析における推測法高度化および遺伝学的モデリングに関する統計学的研究」
   北門氏は,数理統計学の手法を駆使して,統計遺伝学的モデリングと推測法の改良,水産資源解析モデリングの高度化などを行い,国際的な水産資源管理の進展および水産学の発展に貢献してきた。また,国際捕鯨委員会IWCにおいて日本人として初めて科学委員会の議長を務めたほか,IWCの日本代表団団長,南極海調査捕鯨計画の科学者代表を歴任するなど,鯨類資源管理の科学的進展に大きく貢献した。マグロ類についても,インド洋マグロ類委員会の作業部会議長を務めたほか,太平洋および大西洋クロマグロの国際会議でもその発言が重要視され,会議全体をリードしてきた。以上のように同氏が,客観的かつ科学的な推論を通して当該分野を国際的にリードし,貢献してきた点が高く評価された。
藤本貴史氏 「ドジョウをモデルとした発生・生殖生物学と育種支援技術開発に関する研究」
   藤本氏は,魚類の発生・生殖生物学や育種支援技術の開発に,発生学,遺伝学的にユニークな特徴を持つドジョウをモデルに用い研究を進めてきた。従来,生殖細胞欠損個体は全雄になると考えられてきたが,ドジョウを用いることで生殖細胞欠損個体でも雌が出現することを,脊椎動物で初めて示すことに成功している。また,雄性発生の核-細胞質雑種では細胞質に応答して初期発生が進行することや,妊性があると考えられていた四倍体でもゲノム構成によっては不妊になること,逆に不妊になると考えられていた雑種三倍体も妊性を有するシステムを保持していること等を明らかにしている。またこれらの基礎的研究に加え,ドジョウの精子の凍結保存技術の開発と雄性発生の組み合わせや,生殖細胞の凍結保存とその宿主への移植により,凍結細胞からの個体を作り出す技法の開発にも成功している。これらの成果は基礎・応用の両面において極めて先駆的かつ意義深いものであり,水産学の発展に大きく貢献した。
水産学奨励賞
高野倫一氏 「分子生物学的手法を応用した魚類病原体に対するワクチンの開発」
   高野氏は,様々な魚病に対するワクチンの開発に,基礎免疫学的情報やゲノム情報を積極的に取り入れることで,新たなワクチンの作出や,ワクチン投与法の開発に成功している。具体的には,ヒラメラブドウイルスに対するDNAワクチンや,エドワジェラ症に対する生ワクチンの利用が,これらの疾病の予防に有効であることを見出している。また,ヒラメのToll様受容体9の機能を詳細に解析し,その過程でインターフォロンをワクチンアジュバントとして利用することの有効性も明らかにしている。最近では,魚類病原微生物のゲノム情報を駆使したワクチン開発を進めており,ブリ黄疽菌のワクチン抗原の予測にも成功している。このように高野氏は新たなワクチン開発を精力的に進めている若手研究者であり,今後も本領域の発展に大きく貢献することが期待される。
長澤一衛氏 「分子マーカーによる水産上有用魚貝類の生殖細胞の同定に関する研究」
   長澤氏は,魚貝類の養殖技術において重要となる,未分化な生殖細胞の分離と培養技術に取り組んでいる。生殖細胞とその分化のステージを特定するため,生殖細胞系列の分子マーカーを開発した。養殖対象種のvasa遺伝子を単離し,生殖細胞に特異的に発現することを明らかにするとともに,vasaの発現によって分離した生殖細胞を用いて,発現する遺伝子の網羅的解析を進め,細胞表面抗原lymphocyte antigen 75など,生殖細胞に特異的に発現する分子マーカーを多数単離し,生殖細胞の同定や観察に有用であることを見出した。生殖細胞マーカーの発見と技術開発は,生殖生理学と発生工学の技術展開に大きく貢献しており,将来の発展が期待できる。
渡邊壮一氏 「浸透圧調節ホルモンプロラクチンの分泌調節ならびにその作用に関する研究」
   渡邊氏は,硬骨魚類の浸透圧調節ホルモンであるプロラクチン (PRL) の分泌調節と,浸透圧調節において中心的役割を果たす塩類細胞の維持調節の分子機構に関し,着実に研究成果を上げつつある。たとえば,下垂体前葉端部に局在するPRL産生細胞培養系を利用し,PRL分泌の調節に直結するPRL産生細胞の浸透圧変化感知機構が,水チャネル分子AQP3を介した水移動の促進プロセスと,物理刺激感受性カチオンチャネルTRPV4を介した細胞体積変化感知プロセスから成ることを明らかにした。また,鰓の新規器官培養系を開発し,プロラクチンの作用の一端がNa+,Cl-共輸送体を発現する塩類細胞の維持であることを示した。同氏の卓越した発想と緻密な戦略に基づいた研究は,今後の更なる飛躍と水産学への貢献が期待できることから,水産学奨励賞にふさわしいものと評価された。
水産学技術賞
水藤勝喜氏 「クルマエビ採卵技術の高度化とその普及」
   水藤氏は30年にわたってクルマエビ研究に取り組み,成熟段階やウィルス疾病の検査を含めた親エビの選別技術と催熟技術の開発と,これによって得た種苗を用いての生態系調和型の高密度種苗生産技術の開発等において成果を挙げてきた。これらの基礎をなすのは,水藤氏が大学等との共同で実施した甲殻類生理学の研究である。クルマエビ研究は50年の歴史をもつが,近年の漁獲量減少等の厳しい情勢の中で,高い効率で種苗量産を実施できる技術レベルに高めたことは賞賛に値するものであり,全国各地で技術普及に努めるなど,クルマエビ種苗生産のリーダー的な存在となっていることも特筆に値する。水藤氏の技術上の業績は著しく,水産学技術賞に相応しいと判断される。
野口勝明氏 「温泉水を用いた閉鎖循環型トラフグ養殖システムの開発」
   野口氏は,日本の食文化を代表するフグを,温泉を利用して養殖生産するという画期的な事業で「温泉トラフグ」を生産している。同氏が開発した閉鎖循環型養殖システムは,温泉水が約1%の塩分を含み,ミネラルの組成は海水に近く,水温が高いことから,塩分排出に要するエネルギー消費の抑制,水温低下による摂餌減少の防止,出荷に要する飼育期間の短縮に成功した。加えて,環境負荷にも配慮されており,なによりフグ毒産生微生物がいない飼育水とフグ毒を含まない人工餌料で飼育管理することよって,フグ毒をもたない安心安全なフグの生産が可能になる。本養殖システムは,トラフグだけでなく他魚種への応用ならびに他地域での適用が可能で,水産業の発展に新しい道を拓くものであり,水産学技術賞にふさわしい。
増田賢嗣氏 「ウナギ仔魚の飼育技術の高度化に関する研究開発」
   水産研究・教育機構増養殖研究所(前水産総合研究センター養殖研究所)において2002年に世界で初めてニホンウナギの人工種苗(以下シラスウナギ)が誕生した。その後,シラスウナギの量産のために技術開発研究が進められた。増田氏はシラスウナギの量産にかかる飼育技術の研究開発に約10年間取り組み,1トン規模での大型水槽での飼育技術を開発した。さらに,一般的に用いられている魚粉をアブラツノザメ卵の代替として主原料とした飼料給餌によってもシラスウナギの生産に成功した。増田氏がこれまでに開発したウナギの仔魚飼育技術はシラスウナギの量産技術の開発に大きく寄与するもので,水産学技術賞にふさわしいものである。