平成27年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 荒井克俊

 秋季大会期間中の平成27年9月22日に開催した学会賞選考委員会において各賞受賞候補者の選考を行い,平成27年第6回理事会(平成27年12月5日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下の通りである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。


平成27年度日本水産学会賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 和田時夫

総評
 平成27年度は,日本水産学会賞2件,日本水産学会功績賞2件,水産学進歩賞9件,水産学奨励賞7件,水産学技術賞1件の推薦があった。推薦業績内容を分野別にみると,漁業・資源関係4件,水産生物・増養殖関係9件,環境関係1件,水産化学・生命科学関係7件であった。いずれも水産学が直面する重要な課題における優れた業績として評価されるものであり,いくつかは業績内容に東日本大震災が及ぼした影響評価や復興支援に関するものを含むものであった。
 学会賞選考委員会は,「学会賞授賞規程」ならびに「学会賞選考委員会内規」に基づき,推薦された各件の調査担当委員からの推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査結果の報告をもとに出席委員による審議を行うとともに,欠席委員からの意見も得るなど選考に最善を尽くした。本選考結果が受賞者のさらなる研究の進展の契機となるとともに,水産学の一層の発展に寄与することを願う次第である。
 なお,今年度には選考されるに至らなかったものの,優れた研究業績を含んでいると判断されるものがあったこと,その一方で,授賞規程に定める各賞の授賞要件と推薦書に示された業績内容が必ずしも一致しない例があったこと,さらに水産学技術賞の推薦件数が1件にとどまり,しかも審査の結果選考に至らなかった点は残念であったことを付記する。
日本水産学会賞
選考経緯:授賞可能数2件に対して2件の推薦があり,審議の後2名以内連記の投票を行い,投票総数の過半数を得た2件を選考した。それぞれ,栽培漁業における新たな統計解析手法の開発と集団遺伝学的研究の推進において,また餌料生物の培養技術の確立と増養殖への応用において卓越した成果を上げ,水産学の発展に大きく貢献したものとして高く評価された。
日本水産学会功績賞
選考経緯:授賞可能数2件に対して2件の推薦があり,審議の後2名以内連記の投票を行い,投票総数の過半数を得た2件を選考した。それぞれ,長年にわたる魚類の行動生理学研究を通じた漁業技術の発展と,水産資源の変動機構の理解を通じた管理手法の高度化に対する功績が高く評価された。
水産学進歩賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して9件の推薦があり,審議の後4名以内連記の投票を行い,投票総数の過半数を得た3件を,まず選考した。選考数が授賞可能件数に満たなかったため,追加選考を行うこととし,同数の得票で次点となった2件を対象に投票を行い,過半数を得た1件を選考した。さらに,後述のように,水産学技術賞については,授賞可能数が3件であるところ,平成27年度は選考なしとなったことから,全ての賞の選考終了後に,「学会賞選考委員会内規」に従って審議の結果,授賞可能数の上限を超えての選考を可と判断し,追加選考において過半数に満たなかった1件について可否投票を行った。その結果,出席委員全員が可と認めたため,この1件を追加して合計5件を選考した。これらは,漁業・資源,水産生物・増養殖,水産化学・生命科学の分野において水産学の進歩に貢献する優れた業績を上げており,高く評価された。
水産学奨励賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して7件の推薦があり,審議の後4名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た4件を,まず選考した。さらに,後述のように,水産学技術賞については,授賞可能数が3件であるところ,平成27年度は選考なしとなったことから,全ての賞の選考終了後に,「学会賞選考委員会内規」に従って審議の結果,授賞可能数の上限を超えての選考を可と判断し,全ての賞の選考後に,選考されなかった3件のうち過半数に僅かに達せず,しかも得票数が同じであった2件について可否投票を行った。その結果,2件とも出席委員全員が可と認めたため,この2件を追加して合計6件を選考した。これらは,環境,水産化学・生命科学,水産生物・増養殖の分野において顕著な業績を上げており,今後のさらなる発展が期待された。
水産学技術賞
選考経緯:授賞可能数3件に対して1件の推薦があった。審議においては,推薦された業績内容が水産学技術賞の趣旨と合致しているかどうか,連名での推薦であるが提示された業績内容から連名とするべきことが妥当であるか等について,事前に推薦人から聴取した意見も含めて真摯な議論を行った。審議の後,推薦が1件であるため可否投票を行ったが,可とするものが過半数に達しなかったため,平成27年度の水産学技術賞については選考しないこととした。

各賞受賞者と受賞理由
日本水産学会賞
北田修一氏 「種苗放流の効果と野生集団への影響解明に関する研究」
   北田氏は,我が国が中心となって推進してきた栽培漁業において,最尤法やサンプリング理論などを導入することにより,種苗放流効果を評価するための科学的な手法を世界に先駆けて開発した。それに基づいて提案された効果調査計画法は種苗放流の現場で広く利用され,多くの魚種について効果推定が行われた。また,世界的にも関心の高い課題である種苗放流が野生集団に及ぼす生態的・遺伝的影響を科学的に評価する手法を開発し,世界に類のない日本の長期大量放流事例を解析して種苗放流の影響評価を行うとともに,人工種苗と野生資源との共存の可能性を示唆した。これらの研究は世界的にも独創的な成果として高い評価を得ており,水産学の発展に対する貢献は極めて大きい。
萩原篤志氏 「餌料プランクトンの生物機能解明とその増養殖への応用に関する研究」
    「つくり育てる漁業」の推進には人工種苗の餌が鍵となるが,その開発に必要な餌料生物自体の知見は乏しいままであった。萩原氏は海産プランクトンの実験飼育系を確立し,ワムシ類,ミジンコ類,カイアシ類の生理・生態学的基礎知見の解明から生活史の人為的制御を実現した。これにより,プランクトンの基礎研究のみならず,仔稚魚の飼育技術に係る研究が飛躍的に進歩し,様々な魚種において人工種苗生産技術が確立に貢献した。本研究は系統学,行動学,生化学,分子生物学を包含する複合的な餌料プランクトン学の確立に貢献したばかりか,水産増養殖技術を飛躍的に進展させたことから,日本水産学会賞を授与されるべき研究業績と認められる。
日本水産学会功績賞
有元貴文氏 「漁業技術のための魚類の行動生理学に関する研究」
   有元氏は,長年にわたって漁業技術に関する広範な研究に取り組まれ,特に魚類の視覚生理学や運動生理学に関する研究成果に基づく混獲防除技術や選択的漁獲技術などへの応用展開により,多くの研究業績を上げられた。また,それらを踏まえて環境に優しい漁業の確立,日本式定置網の途上国への技術移転を進められた。アジア諸国の研究者との共同研究も活発に行われ,多くの人材を輩出して水産科学の発展に大きく貢献されるとともに,欧米研究者とのネットワーク構築にも尽力され,アジアから世界への研究成果発信の道を拓く努力を続けてこられた。日本水産学会においては,漁業懇話会委員長,編集委員会委員長,評議員,関東支部理事・支部長,総務幹事,2008 年第5回世界水産学会議プログラム委員会副委員長,2015 年度春季大会委員長を歴任されるなど,本学会の運営,発展のために大きく貢献された。
和田時夫氏 「水産資源の変動機構と管理に関する研究」
   和田氏は,資源水準の変化に対応した生態学的な正のフィードバック機構の存在がマイワシ資源の大規模な変動を引き起こすことを示すなど,水産資源の変動機構に関する重要な研究業績を残した。また,1997 年に始まったわが国の漁獲可能量(TAC)管理の実施において,その科学的根拠となる生物学的許容漁獲量(ABC)の算定ルールの枠組みを提案し,今日のTAC管理の基礎を築いた。さらに,PICES,GLOBEC,日中韓などの国際共同研究の運営においても日本国代表や議長として国際協力・連携の推進に大きく貢献した。社会的にも水産総合研究センター理事,本会の理事・副会長等の要職を務めるなど,長年にわたり水産学の発展と水産業の振興に多大な貢献を果たした功績が高く評価された。
水産学進歩賞
栗田 豊氏 「漁業資源変動に及ぼす母性効果に関する繁殖特性研究」
   一定の親魚量を獲り残すことによる資源の管理・保全は,日本における漁業資源管理の基本となる方法である。この方法は単位資源重量当たり産卵数が一定であることを前提としている。雌親魚の繁殖特性の年変動が産み出される卵数に影響するという母性効果が,近年注目されるようになった。授賞者はニシンや異体類の母性効果の研究を行い,雌親魚の栄養状態によって産卵数が大きく調節されることを明らかにした。また,実際の産卵数を卵母細胞径の関数として推定する方法を開発し,雌親魚の繁殖特性値の年変動を考慮して親魚資源量を評価することの重要性を指摘した。これらの研究は,魚類資源の評価・管理の生態学的基礎研究として重要であり,水産学進歩賞にふさわしいと認めた。
里見正隆氏 「水産発酵食品の微生物に関する研究」(受賞者本人からの申請により受賞は取り下げられました(平成30年6月16日理事会承認))
   里見氏は,これまでほとんど注目されていなかった水産発酵食品に着目し,その微生物相の解析に分子生物学的手法をいち早く導入し,従来の培養法では検出できなかった細菌の分類,動態,機能解明に取り組み,水産発酵食品分野の研究を大きく進歩させた。なかでも,くさやから新種の好塩性らせん菌,魚醤油から好塩性乳酸菌を見出し,発酵メカニズムとの関連を明らかにした点は学術的に重要である。さらに,魚醤油製造においてヒスタミンの蓄積がしばしば問題になるが,ヒスタミン生成原因微生物を突き止め,ヒスタミン蓄積を抑制する技術を開発し,水産食品業に大きく貢献した。以上,里見氏の研究は,先進的な基礎研究から実践的な研究まで進歩発展させていることから水産学進歩賞にふさわしい。
高橋明義氏 「魚類の体色調節関連下垂体ホルモンの基礎と応用に関する研究」
   高橋氏は,魚類の体色調節に関連する下垂体ホルモンの化学,分子生物学,生理学的研究に取り組んできた。研究対象のホルモンは,副腎皮質刺激ホルモン,黒色素胞刺激ホルモン,メラニン凝集ホルモン,エンドルフィン等であるが,これらは成長や成熟とは無関係であると信じられ,水産学的な意味合いはないと考えられてきた。しかし,高橋氏の一連の研究により,これらが食欲調節に関わることが明らかになり,しかもその発現が光に依存することを見出した。その成果として,水槽の着色や光環境制御を通じて,養殖対象魚類の成長促進を可能とした。これらの世界的なレベルの研究実績を通じ,水産学の発展に大きく貢献してきたことから,水産学進歩賞に相応しいと判断される。
高見秀輝氏 「アワビの資源生態に関する研究」
   高見氏は,エゾアワビの成長に伴う食性の変化を明らかにするとともに,その変化が,摂餌器官の形態・機能の変化や,藻類に対する消化酵素活性の発現と密接に係わること,冬季の水温低下と他の植食動物との競合による餌料不足が稚貝の重大な減耗要因となっている可能性があることなど,国際的にも高く評価される重要な成果を報告した。東北地方太平洋沖地震後には,地震と津波の磯根資源への影響と対応策に関する調査研究を主導的に展開し,アワビ漁業の再開と復興に大きく貢献した。これらの業績は,アワビ類の再生産・資源変動機構の解明に大きく貢献するばかりでなく,資源管理や栽培漁業の今後の方向性を決めるうえで重要な成果であり,水産学の発展に大きく貢献したと評価された。
中野俊樹氏 「魚類におけるストレスとその防御に関する研究」
   中野氏は魚類のストレスに関する生理・生化学的研究に取り組んできた。環境ストレスは養殖魚の健康や品質に影響を及ぼすが,それに対する生体の反応や防御などについては不明な点が多い。中野氏は,ニジマス,ギンザケなどの養殖魚を対象として,血漿のコルチゾル,グルタチオン,スーパーオキシドジスムターゼ,過酸化脂質,肝膵臓や筋肉のストレスタンパク質,成長関連遺伝子などをバイオマーカーとして用いて,様々な刺激に対する生体内の酸化還元状態などへの影響とその動態を解析し,魚類のストレス反応を明らかにした。また,アスタキサンチンの投与によって酸化ストレスを緩和し肝機能を向上する技術を見出した。これらの研究業績は水圏生命科学の進歩に大きく貢献している。
水産学奨励賞
帰山秀樹氏 「水圏生態系への放射性物質拡散の影響評価に関する研究」
   帰山氏は東日本大震災が引き起こした福島第一原発事故により放出された放射性同位元素の海水や堆積物,水産生物中の濃度のモニタリングに関する国家プロジェクトにおいて中心的役割を果たしてきた。氏が明らかにした放射性セシウムの海洋における時空間ダイナミクスデータは,水産生物の放射性セシウム濃度の変動機構の解釈のための基礎データとなっており,氏の研究が我が国水産物の安全,安心の保証につながった点は高く評価できる。今後も,元来の専門である海洋の物質循環とダイナミクスに関する研究経験を活かすことで,地球レベルでの放射性同位元素の環境影響評価など,研究のグローバルな展開が期待できる。
笠井久会氏 「魚類防疫による生産安定化と漁獲物の衛生管理に関する研究」
   笠井氏は水圏環境における病原微生物の防除に関する微生物学的研究に取り組んでいる。魚類病原細菌およびウイルスの紫外線,オゾン,電解水などに対する感受性を明らかにし,種苗生産や養殖における魚類飼育用水の殺菌方法を開発した。また,食中毒菌に関しても用水の殺菌条件を明らかにするとともに,食品安全性確保のため,漁獲物の衛生管理の重要性を検証した。水産学における病原微生物学の発展に大きく貢献しており,将来の発展が期待できる。
加藤豪司氏 「防除が難しい魚類細菌性感染症に対するワクチンの開発」
   加藤氏は,最新の分子生物学的手法を駆使して,防除が困難な細菌性魚類感染症に対して有効な手法を開発した点が,高く評価された。
 まず,不活化ワクチンでは防除が難しいMycobacterium sp.に対して,弱毒性ワクチンであるBCGが有効であることを見いだした。また,同様な理由で防除が困難なNocardia seriolaeおよびPhotobacterium damselae subsp. piscicidaについては,それぞれの抗原遺伝子を用いて,DNAワクチンの開発を行い,淡水魚の細菌性冷水病の原因菌Flavobacterium psychrophilumに対しては,組換えタンパク質を用いて有効なワクチンを作製した。
野村和晴氏 「ニホンウナギの遺伝育種に関する基礎研究」
   ニホンウナギの完全養殖が可能になったことにより,将来的には本種を育種し,優良な品種を作出することが我が国の養鰻業の発展に重要である。野村氏はこの点にいち早く着目し,ニホンウナギを材料に,自然発生三倍体の生じる機構の解明といった発生学的な基礎研究に加え,精子の凍結保存技術の構築,人為三倍体の作出技術の構築,さらにマーカーアシスト選抜に用いるためのDNAマーカーの単離,および連鎖地図の作成を進めてきた。以上のように野村氏は実験材料としては極めて扱うことが難しいニホンウナギを用い,各種の育種基盤技術の構築に成功している。今後はこれらの基盤技術を利用することで,本種の優良品種が作出されることが大いに期待される。
山﨑康裕氏 「海産微細藻類の種間相互作用と餌料培養への応用に関する研究」
   山﨑氏は,赤潮原因藻類のアレロパシーや細胞接触を解した種間相互作用と作用に関連している物質について,野外調査と室内実験を行い,現場での植物プランクトンの動態と消長のメカニズム解明に取り組んできた。同氏が見出したアレロパシー物質は低濃度で各種植物プランクトンの増殖促進,高濃度で増殖抑制することから,「種特異的かつ密度依存的アレロパシー作用」を提唱した。類い希な基礎研究の実績を積むと共に,アサリの養殖にヘテロシグマを餌料として応用した実用規模での研究も活発に行っており,将来の水産増養殖分野への多大な貢献が期待されることから,水産学奨励賞に相応しいと判断する。
和田敏裕氏 「希少なカレイ類の生態解明と栽培漁業技術の向上に関する研究」
   和田氏は,栽培漁業対象種として重要な希少カレイ類の生態研究を精力的に実施し,特にホシガレイについては,仔魚の浮遊期間,稚魚の着底場所や主要な餌生物,仔稚魚期における低塩分適応能の発達過程など,天然仔稚魚の生態を初めて明らかにし,栽培漁業技術の開発,向上に大きく貢献した。また,岩手県宮古湾をモデル海域として本種の好適放流手法を確立し,種苗放流の有効性を明確に示すなど,国際的にも高い評価を受けている。2011年の原発事故以降には,福島県沖で採捕されたカレイ類を含む魚介類の放射性セシウム濃度が着実に低下している実態を示すなど,福島県や東北海域の漁業復興に大きく貢献している。今後のさらなる活躍が期待される。
以上