平成26年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 荒井克俊

 秋季大会期間中の平成26年9月19日に開催した学会賞選考委員会において各賞受賞候補者の選考を行い,平成26年第6回理事会(平成26年12月6日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下の通りである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。


平成26年度日本水産学会賞選考の総評と選考経緯

学会賞選考委員会委員長 左子芳彦

総評
 平成26年度は,日本水産学会賞2件,日本水産学会功績賞4件,水産学進歩賞6件,水産学奨励賞8件,水産学技術賞4件の推薦があった。昨年度に比べて各賞で多くの応募があり,推薦業績内容を分野別にみると,漁業・資源関係5件,水産生物・増養殖関係7件,環境関係4件,水産化学・生命科学関係8件であった。この中で,水産化学関係は日本水産学会功績賞と水産学奨励賞で多く,漁業・資源関係は水産学進歩賞で多く,水産生物・増養殖関係は水産学技術賞で多い傾向が見られた。いずれも現在水産学が直面する課題における優れた業績として評価されるものであった。
 学会賞選考委員会は,各推薦案件について調査担当者が推薦理由や業績などを詳細に調査するとともに,推薦書記載以外の多様な情報も総合的に勘案して長時間真摯な審議を行って選考に最善を尽くした。本選考結果が受賞者のさらなる研究進展の契機となることを願うしだいである。
 一方で候補者の専門分野が多岐にわたるため,推薦文と業績のみからその成果や発展性の正確な評価がやや困難な案件も存在した。推薦書の作成にあたっては,グローバルな視点から専門分野以外の委員にも分かりやすい説明をしていただきたい。今回推薦分野にやや偏りがあり,多くの優れた業績を有する推薦があっても,投票の結果残念ながら受賞可能件数に達しない例がみられた。今回は受賞に至らなくても,このような優れた業績を有する研究者を継続して推薦していただきたい。
日本水産学会賞
選考経緯:受賞可能件数2件に対して2件の推薦があり,投票により投票総数の過半数を得た1件を選考した。代理親魚技法の構築とその応用に関する研究の成果は極めて独創的で卓越しており,水産学の発展に大いに寄与したものとして高く評価された。
日本水産学会功績賞
選考経緯:受賞可能件数2件に対して4件の推薦があり,2名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た1件を選考した。魚介類エキスの分析に関する長年の水産化学的研究に対する卓抜した貢献と研究業績が高く評価された。
水産学進歩賞
選考経緯:受賞可能件数4件に対して6件の推薦があり,4名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た3件を選考した。これらは漁業・増養殖・環境分野における最新の研究成果が高く評価された。
水産学奨励賞
選考経緯:受賞可能件数4件に対して8件の推薦があり,4名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た5件を選考した。いずれも若手研究者による先進的で意欲的な研究業績が高く評価された。また若手研究者の業績の場合,学生時代に指導者の下で行った研究成果をどのように評価するかについて,正規雇用の確保が容易でない昨今の研究環境も踏まえて個別の審議が必要であることが議論され,各委員の総合的な判断により投票を行った。
水産学技術賞
選考経緯:受賞可能件数3件に対して4件の推薦があり,3名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た4件を選考した。推薦は増養殖分野に偏りがあったが,いずれも重要な技術開発として高い評価を得た。
日本水産学会賞と日本水産学会功績賞においてともに選出可能件数(2件)に対してそれぞれ1件の選考結果になった。これを受けて他の賞において選出件数の追加が可能となったために,水産学奨励賞は5件,水産学技術賞は4件と,ともに1件ずつ多く選出した。さらに受賞者を追加するかを審議した結果,追加しないこととした。

各賞受賞者と受賞理由
日本水産学会賞
吉崎悟朗氏 「代理親魚技法の構築とその応用に関する研究」
   吉崎氏は,魚類生殖幹細胞の可視化・単離による異種間移植,宿主のドナー由来配偶子の生産など,生殖幹細胞移植という全く新しい研究分野を独自に切り拓き,それを代理親魚技法と呼ばれる実用化レベルの技術にまで発展させた。特に,異種宿主両親からのドナー由来の次世代個体の生産は全動物種を通じて世界初の事例となった。これらの研究は産業応用に向けた基盤情報としてのみならず,基礎生物学分野においても極めて高い評価を受けている。本技法は海外へも技術移転されており,絶滅危惧種の保全のみならず,新たな養殖技術としても大いに期待が寄せられている。このように吉崎氏は,水産科学・技術の発展に大きく寄与した。
日本水産学会功績賞
佐藤 實氏 「魚介類エキスの分析など一連の水産化学研究」
   佐藤氏は,昭和48年に北里大学,平成2年に東北大学農学部に任官されて以来,一貫して水産物エキス成分に関する食品化学的研究,生理学的研究に取り組み,多数の業績を挙げてこられた。その間,新たなエキス成分を数多く見出し,様々な生理機能や生物活性の解明を体系づけてすすめるとともに,水産物品質・安全性評価の迅速測定装置開発等の応用研究も精力的に展開するなど,種々の新たな研究分野の開拓に貢献してこられた。また,本学会理事を4期8年,評議員,東北支部長,各種委員会委員などを歴任されたほか,東日本大震災発生時には東北支部担当理事,支部長として本学会が設置した東日本大震災災害復興支援拠点の代表として復興支援活動等に尽力され,学会の運営・発展への貢献及び学術・教育に関する社会的な功績が高く評価された。
水産学進歩賞
赤松友成氏 「水産生物の音響による行動制御と可視化技術の開発」
   漁獲対象生物や混獲生物の行動を水中で観測し制御することができれば,選択的な漁獲と混獲防止,さらに近年需要が増してきた海洋資源開発におけるアセスメントに貢献できる。赤松氏は,水産生物の音響による行動制御と可視化技術の開発と実用化を行ってきた。特に鳴音を利用した可視化技術であるA-tagは,これまで14カ国で100台以上が鯨類の行動追跡に利用されている。また低周波録音装置AUSOMS-miniは,洋上風力発電建設の標準的なアセスメント手法としてA-tagとともに用いられている。今後ますます重要となる水産生物の行動制御と海中騒音による影響評価技術を世界的なレベルまで成熟させた実績は,水産学の進歩に大いに貢献したと認められる。
浜崎活幸氏 「海産魚介類の種苗量産技術の開発と資源増殖への応用に関する研究」
   浜崎活幸氏は一貫して水産上有用な魚介類の種苗量産技術の開発研究に取り組んできた。小型容器を用いた飼育実験により最適飼育条件を把握した上で,その効果を大型水槽で検証し,ガザミ類の大量種苗生産技術を開発した。さらに,遺伝標識放流を行い世界で初めて回収率までの放流効果を定量評価した。また,クルマエビ,ガザミ類,アワビ類の種苗放流効果調査事例に基づき,漁獲量に及ぼす種苗放流のインパクトを見積もり,放流効果に影響を及ぼす特性を明らかにした。これらの研究成果は国外からも高い評価を得ており,水産学の進歩に大きく貢献するものと評価され,水産学進歩賞にふさわしいものと思われる。
吉田天士氏 「有害・有毒プランクトンに関する分子生理生態学的研究」
   吉田氏は海洋や湖沼において異常増殖する有害・有毒プランクトンの生化学・生理生態学分野で先駆的な研究成果をあげてきた。なかでもアオコ原因ラン藻が遺伝的に異なる複数の種内個体群から構成され,個体群組成が時間とともに変動することを明らかにしたことは特筆に値する。さらに,本種感染性ウイルスの分離に世界で初めて成功し,本種ゲノムのウイルス感染履歴解析から,個体群組成変動にウイルスが関与し,ウイルス-ラン藻の両者に共進化が生じうることを示した。同氏の一連の研究成果は水産学という実学分野への貢献度が高いことは言うまでもないが,微生物生態学・分子進化学分野等への貢献も大きく,今後ますますの発展が期待される。
水産学奨励賞
伊藤智広氏 「藍藻類イシクラゲをはじめとする天然物に含まれる機能性成分に関する研究」
   これまで一貫して海産物を始めとする天然物や食品加工時に発生する副産物に含まれる様々な機能性因子を探索するとともに,その作用機構について解析し,資源の有効利用に取り組んできた。特に,藍藻類の一種であるイシクラゲNostoc commneに含まれる成分の利用法に関する知見は,今後の水産利用学の新たな方向性を示す業績として評価される。さらに,タツノオトシゴ,水生生物(サンゴ)や水産物の加工残渣(魚骨,ウニ殻,貝殻など)に含まれる機能性成分の探索を進め,将来の水産利用分野に大きく貢献することが期待される。
宇治 督氏 「魚類の形態異常とその防除技術に関する研究」
   形態異常魚は放流や販売の対象とならず大きな経済的損失をもたらすため,その原因究明と防除のための研究と技術開発が強く求められている。こうした中,宇治氏は魚類におけるビタミンAによる形態異常発現機構,異体類の形態異常や左右性の決定とその異常などの問題に取り組んできた。中でも,筋肉組織の可視化手法の開発とこれを用いた一連の研究は秀逸で,この手法の開発により個体レベルで筋肉の発生過程やその異常を詳細に解析することが可能となった。このように宇治氏は水産学奨励賞にふさわしい業績と資質を有し,さらなる成長と活躍が大いに期待される。
高田健太郎氏 「海洋生物に含まれる有用二次代謝物の単離・構造決定に関する研究」
   海洋生物を材料として,有用生理活性物質の探索研究が活発に進められている。高田氏は医薬品や農薬の開発への応用が期待される,酵素阻害物質およびがん細胞に対する細胞毒性物質の発見に大きく貢献した。2 − 3の例を挙げると,抗インフルエンザ薬として期待されるシアリダーゼ阻害剤のasteropine AをカイメンAsteropus simplexから,糖鎖の成熟において不可欠な役割を担うαグルコシダーゼ阻害物質のschulzeine類をカイメンPenares shulzeiから,がん細胞に対して顕著な細胞毒性を示すpoecillastrin類をカイメンPoecillastra sp.から,それぞれみいだし,化学構造を決定した。これらの発見は,海洋生物の化合物資源としての有用性を実証するものであり,未利用資源の有効利用への道を開くものと高く評価される。
三田村啓理氏 「バイオテレメトリーを用いた水圏生物の回帰・固執行動に関する研究」
   三田村氏は,バイオロギング,特にバイオテレメトリーの技術を用いて,水圏生物の行動生態の中でも特に,移動や回遊とともに巣穴への回帰など特定の場所に固執した行動の解明に取り組んできた。絶滅危惧種であるメコンオオナマズや水産資源として重要なアカアマダイの人工種苗の放流後の行動を明らかにして,その資源培養や保全にとって重要な生態情報を提供している。そのほかにも,国内外の研究者との共同研究にも積極的に取り組み,日本沿岸のメバル,カサゴや海外でもタイセイヨウサケやタイセイヨウタラなど,多くの魚類の行動生態の解明に多数の成果を上げている。バイオロギング研究を今後も国内外でリードしていくことが大いに期待される。
村下幸司氏 「魚類の摂食・消化調節機構に関する研究」
   村下氏は魚類におる摂食・消化調節機構に関する研究を行っており,養殖対象魚類の摂食関連遺伝子の同定に貢献し,多くの新知見を明らかにした。なかでも,食欲関連ホルモンであるレプチンについて,その摂食抑制作用を世界に先駆けて明らかにした。さらにタンパク質や脂質が消化管ホルモンを介して消化刺激をすること,また魚粉には強い消化刺激作用があるが植物性原料では弱いことを明らかにし,低魚粉飼料の開発に貢献した。このように村下氏は基礎的知見の集積に留まらず,その応用として水産業への貢献となる研究を多く行っており,今後のさらなる発展が期待され,水産学奨励賞にふさわしいものと思われる。
水産学技術賞
青木秀夫氏 「高品質アコヤガイ真珠の効率的養殖技術の開発と実用化」
   アコヤガイ真珠養殖業は我が国の重要な水産養殖業の一つである。青木氏の所属する三重県水産研究所は真珠養殖の現場に即した調査研究を長年続けており,その成果は養殖業者の信頼を寄せるところである。とくに,近年のアコヤガイ赤変病や赤潮による被害,外来母貝による遺伝的問題など課題があり,育種技術や養殖管理技術の開発に期待が寄せられている。青木氏は研究チームの中心となって,貝の閉殻力を指標とする選抜育種の有効性を見出し,生残率と品質の高さを示すスーパーアコヤ貝の作出に成功し,真珠母貝として普及に尽力した。さらに,精子凍結保存技術や低塩分養生技術など現場に即応した真珠の高品質化にとりくみ,水産業の発展に貢献している。
佐藤 繁氏 「麻痺性貝毒の生物化学的変換に基づいた簡易分析法の開発」
   佐藤氏は,麻痺性貝毒の簡易な検出ツールとして,酵素免疫測定法(ELISA)によるキットを開発した。従来,貝毒はマウスアッセイで行われており,毒量測定のたびにマウスを大量に殺していた。キット開発に当たっての最大の問題点は,貝毒成分が貝類体内で変化するため,それらを総合的に定量化することが困難だったことである。佐藤氏は自身のこれまでの多くの研究に基づき,変化した毒性分を含めて測定することを可能とした。この技術開発の多くの部分はすでに特許化されており,そのキットは市販されて国内外で試験研究用に活用されるようになっている。このように,佐藤氏が開発した技術は水産学の発展に大きく寄与すると考えられ,水産学技術賞にふさわしいものである。
深田陽久氏 「柑橘類を用いた新しい養殖ブリ(香るブリ)の開発」
   深田陽久氏は養殖魚の味を天然魚の味に近づけるというこれまでの概念とは異なる新しい発想で,フルーツ魚の開発に成功した。すなわち,柑橘類の柚子の果汁あるいは果皮を養殖ブリの飼料に添加することで,養殖魚の成長を損なうことなく,肉質劣化抑制・肉質改善を可能とするばかりではなく,柑橘香気成分が切り身から香る養殖ブリを開発した。この技術により,東町漁協からブランド魚の1つ「柚子鰤王」として販売されている。この試みがきっかけとなり,様々なフルーツ魚が開発され養殖魚の拡販に寄与している。このように深田氏は新たな発想で養殖生産技術を開発するなど,水産学技術賞にふさわしいものと思われる。
村上恵祐氏 「イセエビ類の幼生飼育技術の向上に関する研究」
   イセエビの漁獲量は,特に九州西岸域で近年激減しており,資源造成や養殖技術の研究開発が喫緊の課題となっている。しかしイセエビのフィロソーマ幼生を稚エビにまで大量に飼育するためには多くの難題が残されていた。村上氏は回転型飼育装置や飼育海水中のバクテリアを低減する半閉鎖型循環飼育システムなどを開発することで,フィロソーマ幼生の脱皮前後の生残を飛躍的に向上させ,幼生の物理的な死亡や細菌性疾病の大幅軽減を実現した。村上氏の研究は,水産研究において課題であったイセエビの種苗生産技術を発展させ,人工種苗によるイセエビの増養殖への実用化を促進したものであり,水産学技術賞に相応しいものである。