平成23年度日本水産学会各賞受賞者の選考結果について

学会賞担当理事 岡本信明

 秋季大会期間中の平成23年9月28日に開催した学会賞選考委員会は,15名中12名の委員の参加を得て各賞受賞候補者の選考を行い,平成23年度第6回理事会(平成23年12月10日)において受賞者を決定した。
 総評および各賞の選考経緯,ならびに受賞者,受賞業績題目および受賞理由は以下のとおりである。今後の学会賞推薦の参考となれば幸いである。

総評
 平成23年度は日本水産学会賞1件,日本水産学会功績賞3件,水産学進歩賞8件,水産学奨励賞10件,および水産学技術賞6件の推薦があった。推薦業績内容については漁業・資源関係1件,水産生物・増養殖関係15件,環境関係2件,および水産化学関係9件,その他1件で,この中で水産生物・増養殖関係は水産学進歩賞と水産学奨励賞で多く,水産化学関係は水産学奨励賞と水産学技術賞で多い傾向が見られた。いずれも水産学が直面している重要な課題における優れた業績として高く評価されるものであった。
 学会賞選考委員会は,「学会賞授賞規定」ならびに「学会賞選考委員会内規」に基づき,推薦された各件の担当者が推薦理由と推薦対象業績などに関する事前調査の結果を選考委員会で報告・検討し,また欠席委員からの意見も得るなど,選考に最善を尽くした。本選考結果が受賞者のさらなる研究進展の契機となるとともに,水産学の一層の発展に寄与することを願うしだいである。
 なお,今年度に選考されるに至らなかったものの中には優れた研究業績を含んでいると判断されるものがあったこと,業績内容が推薦された賞より他の賞に適していると判断される例があったこと,および日本水産学会賞の推薦件数が授賞可能数を下回った点は残念であったことを付記する。

日本水産学会賞
選考経緯:授賞可能数2件に対して1件の推薦があり,投票により投票総数の過半数を得た本1件を選考した。魚類ウイルス病に関する総合的な研究成果は卓越しており,水産学の発展に大いに寄与したものとして高く評価された。

日本水産学功績賞
選考経緯:授賞可能数2件に対して3件の推薦があり,2名以内連記の投票により投票総数の過半数を得た本2件を選考した。それぞれ「水産学の発展と水産学会の公益性の確立」に対する卓抜した貢献と,「魚介類エキス成分」に関する卓越した研究業績が高く評価された。

水産学進歩賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して8件の推薦があった。4名以内連記の投票で投票総数の過半数を得た4件を,まず選考した。日本水産学会賞の授賞可能数2件に対して上記のように1件を選考したことを踏まえ,すべての賞の選考終了後に,「学会賞選考委員会内規」に従って授賞可能数の制限超過を可と判断し,選考されなかった4件のうち過半数にわずかに満たなかった1件について可否投票を行った。その結果,過半数の可票を得たので,この1件を追加して合計5件を選考した。

水産学奨励賞
選考経緯:授賞可能数4件に対して10件の推薦があった。4名以内連記の投票で投票総数の過半数を得た3件を,まず選考した。選考数が受賞可能数に満たなかったので,すべての賞の選考終了後検討して追加選考を行うこととした。「学会賞選考委員会内規」に従って,受賞可能数の制限超過を可と判断した上で,選考されなかった7件のうち過半数にわずかに満たなかった2件について可否投票を行った。その結果,2件とも過半数の可票を得たので,この2件を追加して合計5件を選考した。

水産学技術賞
選考経緯:授賞可能数3件に対して6件の推薦があった。3名以内連記の投票で投票総数の過半数を得た2件を,まず選考した。すべての賞の選考終了後に「学会賞選考委員会内規」に従って検討して追加選考を行うこととした。選考されなかった4件のうち過半数にわずかに満たなかった2件について単記投票を行った。その結果,1件が過半数の票を得たので,この1件を追加して合計3件を選考した。


各賞受賞者と受賞理由

日本水産学会賞
吉水 守氏「魚類ウイルス病とその防疫・防除に関する研究」
 吉水氏は,これまで一貫して魚類の感染症,とくにウイルス病に関する研究に携わり,ウイルスの病原性や感染機構,魚類の感染防御機構等の基礎的な分野で目覚ましい成果を挙げる一方で,病気の早期診断法の確立,飼育水の殺菌や病原体の蔓延防止に関する技術開発等に関する応用分野の研究を精力的に進めてきた。これらの研究成果は水産業の現場で実用化され,増養殖魚の防疫体制の確立等に多大な貢献をしており,これまで増養殖の現場に足を運び,現場の実態やニーズの把握に努めてきたことの成果として高く評価される。このように吉水氏は,研究蓄積が希薄であったわが国の魚類ウイルス病とその防疫・防除に関する研究分野を先導しており,水産学への貢献は極めて大きい。

日本水産学会功績賞
會田勝美氏「水産学の発展ならびに日本水産学会の公益性の確立に関する功績」
 會田氏は長年にわたり魚類・甲殻類の成熟・産卵の内分泌調節機構に関する研究に取り組んでこられ,多くの人材の指導,育成にあたられてきた。また,本学会の理事,評議員,編集委員長を歴任され,特に平成18年度より4年間は本学会の会長を務められ,理事会主催のシンポジウムを積極的に企画し,本学会の方向性を定めるために多大の尽力を続け,学会の公益性を高めるために様々な改革を進めてこられた。その結実として,平成23年3月1日に日本水産学会は公益社団法人としての設立登記に至った。以上,水産学の発展,ならびに本学会の公益性の確立に顕著な功績を上げたものとして評価された。
阿部宏喜氏「魚介類エキス成分の代謝と生理機能に関する一連の研究」
 阿部氏はアミノ酸の光学異性体の分離定量法の開発など,アミノ酸及びジペプチドの分析手法に新たな境地を開拓した。こうした分析技術を用いて,海洋動物中での遊離ヒスチジン,ヒスチジン関連ジペプチド(HRC),D-アラニンの特異的分布などについて多くの新知見を得た。また,これらのエキス成分の水生動物中での生理的意義についても初めて明らかにし,新たな視点からこの分野の研究をリードしてきた。さらに,阿部氏は,HRCのヒトに対する機能性研究についても先駆的な業績を挙げている。阿部氏は水産学会の総務理事,大会委員長,監事として本会への功績も著しく,このような点も高く評価された。

水産学進歩賞
小田達也氏「赤潮生物の毒性因子に関する生理学的および生化学的研究」
 小田氏は,赤潮生物が産生する毒性因子に関する数多くの新知見を発表してきた。特に,シャトネラ赤潮では,原因藻の活性酸素産生酵素系が哺乳類の白血球の酵素系に類似していることや,細胞内の抗酸化物質によって原因藻自身が生産する活性酸素の毒性を低減させていることなどを,また,ヘテロカプサ赤潮では,原因藻が光依存性溶血毒素を産生することなどを明らかにした。さらに,赤潮対策として,魚類の生理学的状態を可能な限り正常に保つことが有効であることなどを提唱した。これら一連の研究は水産学の発展に寄与するばかりでなく,創薬などの応用が期待される。
笠井亮秀氏「沿岸生態系における流動環境と物質循環に関する研究」
 笠井氏は,沿岸域の物理現象とそれが海洋環境や生態系に及ぼす影響を,現場観測に数値シミュレーションを併用した手法を駆使して研究を進めてきた。特に内湾生態系の物質循環機構を,物理学・化学・生物学的なアプローチで,包括的に解明しようとしてきた点が高く評価される。一例を上げると,栄養塩収支やフラックスの変動を組み込んだ貧酸素水塊の形成機構や安定同位体分析によって分別評価した沿岸域における有機物のフローに関する研究は,学際的アプローチの成果であり,笠井氏の特筆すべき業績と言える。またマイワシなやマアジが大きな資源変動を繰り返す要因解明にも取り組み,笠井氏が開発したモデルが資源評価や予測にも用いられているところから水産業への貢献も大きい。
古丸 明氏「二枚貝の細胞遺伝学的研究と育種技術開発」
 水産上重要な二枚貝類の生理,生態,養殖技術については比較的多くの研究がなされてきたが,遺伝・育種に関する知見は乏しかった。この様ななか,古丸氏は二枚貝類の染色体と核型,受精と初期発生について精力的な研究を行い,雌雄同体のシジミ類が卵核を放出して,精子核のみで雄性発生により繁殖することなど多くの新知見を得た。さらに,アコヤガイの閉殻力が軟体部肥満度などの経済形質と相関する遺伝形質であることを解明し,優良系統育種の基礎を固めるとともに,真珠生産における挿核手術後の回復措置を技術化し,生産の向上に貢献した。以上の成果は二枚貝類の遺伝・育種研究の進歩に大きく貢献し,今後の発展が期待される。
長島裕二氏「フグ類の体内におけるテトロドトキシンの動態に関する研究」
 フグ毒に関する研究はわが国の研究者が先導的な役割を果たしてきたが,フグの毒化機構については明快な解がなかった。長島氏は,魚介類に含まれる自然毒,有害元素などを対象として食品衛生化学の観点から精力的に研究を推進し,水産食品の安全性確保に努めてきた。中でもフグ毒テトロドトキシン(TTX)については斬新なアイデアで研究を展開し,TTXのフグ類体内動態を明らかにするためのin vitro実験法を構築して,TTXトランスポーターの関与を提唱した点は高く評価され,今後の発展が期待される。また,TTXの蛍光HPLC検出法やTLC-質量分析法などを開発して,TTX研究の進展に大きく貢献し,これらの成果は,水産業や食品衛生行政に寄与するものである。
良永知義氏「天然および養殖魚介類の寄生虫病に関する研究」
 魚介類にとって病原性のある寄生虫の研究は,魚介類養殖を産業として展開するうえで極めて重要である。そのうえ,時には天然資源の動向をも左右するために,産業及び行政上の,ニーズは極めて高い。しかし,これら寄生虫に関する研究はこれまでに十分な蓄積がなされておらず,効果的な対策をとることができなかった。良永氏は,海産魚の白点病,アニサキス,ヒラメのネオヘテロボツリウム,アサリのパーキンサス原虫など広範囲な動物群を含む病原寄生虫の生理生態学的研究を進め,水産養殖現場のニーズに真正面から応えるとともに,基礎研究としても重要な知見を蓄積してきた。

水産学奨励賞
糸井史朗氏「分子生物学的技術を応用した水生生物の生態学的研究」
 近年の分子生物学的技術の発展にはめざましいものがある。糸井氏は,この技術を幅広く魚類と細菌の生態解明に適用して,分子生態学という新しい学問分野の創生に取り組んでいる。魚類ではメジナ類やムツ類を対象に近縁種間の分子生物学的種判別手法を確立し,種ごとの分布と集団構造の特性を解明した。細菌については,培養法では多くの海洋細菌が検出できないことを明らかにし,遺伝子分析技術の有効性を示すとともに,魚類腸管内や循環飼育濾材の細菌叢とその動態を明らかにした。これらの研究成果は生物多様性の保全から養殖環境管理まで,広く水産分野への応用に貢献するものである。
岩田容子氏「ヤリイカ類の繁殖生態に関する研究」
 岩田氏は,ヤリイカ類の大型ペア雄と小型スニーカー雄の2型に着目して,行動学,形態学,遺伝学的な観点から研究を進め,繁殖行動,繁殖器官の大きさと形態,受精成功率などにおいて2型間に明瞭な差異を認め,その差が種間で異なることを明らかにした。とくに精子形態に2型が存在し,それぞれの受精様式と受精成功率が異なるという知見は,全動物分類群の中で,機能する精子2型が同一種内に存在する世界初の報告である。この成果は,電子版サイエンスなどで紹介され世界的にも注目されている。これらの研究は生態学的な意義にとどまらず,イカ類資源の保全と持続的利用のための基礎として今後の展開が期待される。
木下滋晴氏「ミオシン重鎖遺伝子の発現様式に基づく魚類筋形成の解析」
 魚類の筋肉は速筋(普通筋)と遅筋(血合筋)が形態上,明確に分離するなど,いくつかの点で他の脊椎動物とは性質が異なり,筋発生,筋成長の謎を解く格好のモデルとして注目されている。木下氏は,魚類筋肉を対象に,筋形成と,筋肉の主要タンパク質ミオシンの重鎖サブユニット(myosin heavy chain, MYH)のコード遺伝子MYHの発現との関係を,トランスジェニック技術を用いて明らかにした。さらに,個々のMYHの発現制御機構に関する先駆的な知見をも得た。これらの成果は,肉質の改善や,高成長系統の選抜育種による効率的な魚類養殖などの資となるもので,これからさらに発展することが期待される。
竹内 裕氏「精原細胞の異種間移植法を用いた水産有用海産魚類における代理親魚技術の確立」
 サケ科魚類において開発・確立された精原細胞移植による代理親魚技術を大型食用海産魚に応用するため,主にニベとマサバを用いて,サケ科に比較すると,小型でハンドリングストレスに脆弱な海産魚仔魚腹腔内への同種および異種精原細胞の移植技術を検討し,ホストの生殖腺内に,ドナー由来の生殖細胞を生着させる技術を開発した。そして,この手法により,実際にブリ精子のマアジでの,トラフグ精子のクサフグでの生産が可能であることを実証した。以上の成果は海産魚における発生工学の確立と代理親魚技術の水産応用に大きく貢献し,今後の発展が期待される。
筒井繁行氏「魚類体表粘液レクチンの多様性に関する研究」
 レクチンとは糖と結合するタンパク質の総称で,細菌,植物,動物に様々なタイプが広く分布する。筒井氏は,トラフグの粘液からパフレクチンと名付けたレクチンを精製して構造決定し,この成分がユリ目植物のみで知られていた分子と相同性を示すユニークなレクチンであることを明らかにした。また,パフレクチンによる飼育水中の菌の排除という機能の推定も行った。その後,ヒイラギ,アナゴ,ガンギエイ,マゴチなどの粘液から次々とユニークな活性を示すレクチンを同定し,魚類の生体防御機構の解明に大きく貢献した。今後のますますの発展が期待される。

水産学技術賞
岡﨑惠美子「高濃度に魚油を含む乳化すり身の製造法の開発」
 魚油には生活習慣病の予防や治療効果のあるEPAやDHAなどの脂肪酸が多く含まれていることから,それらを高濃度に含み,高齢者でも利用可能な食材の開発が期待されていた。岡崎氏は,魚肉のすり身に魚肉の水溶性タンパク質を一定量加え,一定の撹拌条件のもとで,すり身(水分量約80%)重量に対して魚油を100%以上も安定に乳化混合し凍結保管できる製造技術の開発に成功した。現在,この乳化すり身の製造技術を基礎にして,テリーヌ,パテ,アイスクリームなどの商品開発が病院食,介護食などに供する目的で進められており,研究成果は高く評価される。
佐藤敦一氏「ドコサヘキサエン酸要求に着目したマガレイの健苗性向上に関する研究」
 佐藤氏は,マガレイの種苗量産を進める上で,もっとも大きな問題である形態異常に関して,初期餌料生物のドコサヘキサエン酸(DHA)の影響を中心に研究を進めてきた。一連の研究において,形態異常防除におけるDHAのクリティカルな発育段階と要求量が特定された。さらに,形態防除のために市販のDHA強化剤の調整方法も明らかにし,マガレイ種苗量産での形態異常防除方法を確立したことが高く評価される。併せて,DHAが発育段階の進行や飢餓耐性に影響することも突き止めた。
虫明敬一氏「海産魚介類の親魚養成と疾病防除に関する技術開発」
 親魚養成と疾病防除に関する技術は,稚魚放流による資源増殖と養殖業にとってきわめて重要である。虫明氏は25年間余りにわたってこの分野の技術開発に取り組み,主にブリ類,シマアジおよびクルマエビを対象に研究を進めて,健全な仔魚や幼生を得る技術と,親から仔魚・幼生へのウイルスの垂直伝播を防除する技術の開発に大きく貢献した。これらの技術は,国内はもとより諸外国でも広く用いられており,生産性の向上に大きく貢献している。