平成21年度日本水産学会各賞受賞候補者の選考結果について

平成 21 年度学会賞選考委員会
委員長 東海 正

 秋季大会期間中の9月30日に開催した学会賞選考委員会において各賞受賞候補者の選考を行い,理事会に推薦しておりましたところ,平成21年度第6回理事会(12月12日)において受賞者が決定されました。
 以下に,学会賞選考委員会としての総評および各賞選考の経過と講評,並びに各賞の受賞者氏名と業績題目およびその推薦理由を示します。今後の各賞の推薦に際して,参考となれば幸いです。


学会賞選考委員会としての総評
 平成21年度日本水産学会の各賞について,日本水産学会賞2件以内の授与に対して3件の応募が,日本水産学会功績賞2件以内の授与に対して3件の応募が,水産学進歩賞4件以内の授与に対して8件の応募が,水産学奨励賞4件以内の授与に対して12件の応募が,水産学技術賞3件以内の授与に対して5件の応募があった。例年に比べて,各賞で多くの応募があった。
 いずれもすぐれた業績に基づき推薦されていたが,様々な分野からの応募があることもあって,その研究の成果が国内外でどのように評価されて優れているのか,推薦文とそこに付けられた業績だけからでは読み取れない推薦書がいくつかみられた。特に,その研究内容の詳細を記載することに腐心し,その成果がどのように評価されているのか,あるいはどう波及していくのかについて,分かりやすく書かれていないものが散見された。こうした場合,専門分野が異なる委員にとってはその研究に投票しがたく感じたのではないだろうか。また,業績題目があまりに漠としたもの,逆にあまりに詳しく説明的な書き方になっているものがあった。今後は,業績題目もその研究内容を適切に示すものとすることと,その分野の専門家以外も研究の優れた点を容易に理解できるように推薦文に工夫を求めたい。

日本水産学会賞
審査経過:学会賞3件の応募のうち,2名連記の投票によって過半数を獲得した2件を推薦することとなった。
講評:推薦するに至らなかった1件も,過半数まで届かなかったものの,その研究が優れていることは委員全員が認めるところであり,授賞2件以内という制限がなければ推薦したいところであった。

日本水産学会功績賞
審査経過:功績賞3件の応募のうち,2名連記の投票によって過半数を得た2件を推薦することとなった。
講評:推薦するに至らなかった1件も,過半数まで届かなかったものの,その一連の研究の中で提唱された仮説がその分野の研究を活性化したことは委員から評価されているところでもあり,次の機会にも応募されての受賞を期待する。

水産学進歩賞
審査経過:進歩賞8件の応募のうち,初回の4名連記の投票で3件が過半数を得た。次に,わずかに過半数に届かなかった3件について1名記入の投票を行ったが,いずれも過半数を獲得するに至らず,やむなく初回で過半数を得た3件を推薦することとなった。
講評:過半数に届かなかった3件についても,いずれも推薦されるに値する十分な研究業績であることは委員会内で認められたものの,いずれも甲乙つけがたくもう1件を選出するには至らなかった点,非常に残念であった。

水産学奨励賞
審査経過:奨励賞12件の応募のうち,初回の4名連記の投票で2件が過半数を獲得した。次に,わずかに過半数に届かなかった4件について,2名連記の投票を行い,2件が過半数を獲得した。この2回の投票でそれぞれ過半数を獲得した計4件を推薦することとなった。
講評:今回から,奨励賞の応募資格を,それまでの38歳未満から満40歳未満と変更したためか,39歳での応募が5件,38歳での応募が2件あり,例年に比べて応募件数が多かった。結果的に推薦する4件すべてが39,38歳の候補者となったが,初回の投票の結果では, 30歳台前半の候補者でもわずかに過半数に足りないまでの票を得たものもあった。2回目の投票では,推薦に至らなかった2件と,過半数を得た2件との得票数の差は僅かであり,授賞件数の制限がなければ推薦に十分値するものであったと評価される。
推薦する件数は,学会賞授賞規程および事業計画によって規定されているところではあるが,今回のように応募件数が多いときには弾力的に授賞件数を増やすことも検討する必要があると考えられる。特に,若手の活性化と,それに基づく組織の活性化を考慮するとなおさら,奨励賞については授賞件数の弾力的な運用が望ましい。

水産学技術賞
審査経過:5件の応募について,2名連記の投票を行い,まず2件が過半数の票を獲得した。残り3件について再度投票を行ったが,いずれも過半数に至らなかったために,2件のみを推薦することとなった。
講評:技術賞としては,大学や研究機関における技術開発に限らず,民間企業などの技術に対しても,水産業界全般に対する貢献を考慮しながら広く授賞の対象とすることを委員会内で確認した。
 また,業績内容が進歩賞の授賞対象として審査することが適当と思われるものがあるとする委員の意見があった。審査を行う賞の変更も提案されたが,本選考委員会委員は推薦者になれないことから,進歩賞に推薦する変更は適当でないと判断し,推薦文に記載された技術賞としての審査を行った。今後,こうした賞としての適合性について,弾力的な運用もできるようにすることが望ましいと考えられた。


学会賞選考委員会による受賞候補者の推薦理由

日本水産学会賞
小川和夫氏 「魚介類の寄生虫病に関する研究」
 受賞候補者は、これまで一貫して魚介類の寄生虫に関する研究に携わり、同定・分類から、防除や予防に不可欠な寄生虫の生物学並びに生態にいたる多くの研究を行った。また、研究対象も原虫から大型寄生虫までと幅広く、養殖魚に加え天然魚の寄生虫についても研究の範囲としている。これらの研究の成果は、現在の養殖場における寄生虫病防除予防法の基礎となるとともに、治療薬の開発にも大きく貢献している。このように受賞候補者は、研究蓄積が非常に希薄であった我が国の魚介類寄生虫研究の分野を精力的に切り開くとともに、我が国だけではなく世界の魚介類寄生虫の研究を先導しており、水産学への貢献は極めて大きい。
平田 孝氏 「水産物の品質保持と機能性解明に関する研究」
 受賞候補者は、食品包装の観点から水産物の品質保持や品質特性の解明に関する研究に取り組み、我が国におけるこの分野の研究を先導してきた。これらの研究成果は、現在の食品流通業界に広く普及している。またその一方、受賞候補者は超高齢化社会を迎える我が国において水産物の健康性機能の活用が極めて重要であることを早くから提言し、海洋生物由来の高度不飽和脂肪酸のもつ新機能、カロテノイドの新機能、フィコビリタンパク質の機能等を新たに見いだしてきた。これらの研究は水産物を含む食設計を考える上で重要な示唆を与えるものであり、水産化学分野における候補者の貢献は極めて大きいことから、水産学会賞候補者として推薦する。

日本水産学会功績賞
日野明徳氏 「海産ワムシ大量培養技術の基礎的・応用的研究」
 海産魚の種苗生産技術において世界をリードしてきたことは、わが国の水産研究が誇るべき歴史である。その中にあって、受賞候補者は、1970年代以降、両性生殖誘導要因の解明、増殖不良原因の解明とその対策、ワムシの質的改善など、最も重要な餌料生物であるシオミズツボワムシの基礎面・応用面における研究の中核であった。その貢献は受賞候補者個人の研究成果のみにとどまらず、その分野における研究者の精神的な支柱でもあり、増殖学の理念的な指導者でもあった。直接・間接を含めて、受賞候補者が育成した水産餌料生物関係の研究者は国内外に数多い。
渡邊精一氏 「甲殻類を中心とした集団生物に関する一連の研究」
 受賞候補者は、長年にわたり水産資源の動態、生活史、系群等について、広範な研究を行った。特に、甲殻類については、分類、形態、成長、繁殖、行動、生活史等、生物学的知見の体系化に努めるとともに、分子生物学的手法を応用して集団の遺伝的多様性や分化および外来種の侵入等について多くの研究業績を上げた。水産資源動態に関する数理学的研究においては、種苗放流による野生個体群のダイナミクスの変化を理論的に考察する先駆的な成果を上げた。また、これら一連の研究を通じ、国内外特にアジア諸国に多くの人材を育成輩出した。

水産学進歩賞
香川浩彦氏 「魚類の配偶子形成機構の解明と種苗生産技術への応用に関する研究」
 魚類の配偶子形成機構,特に卵形成機構に関して受賞候補者は種々の手法を駆使して研究を行い,サケ科魚類の卵濾胞におけるステロイド合成機構を解明し,「2細胞モデル」として提唱するとともに,マダイにおける視床下部−脳下垂体−生殖腺内分泌機構を解明するなど,基礎研究の分野で世界をリードする業績を挙げてきた。さらに,これら基礎研究をもとに,ウナギの人為成熟技術を開発し,世界初となるシラスウナギの生産に多大な貢献をした。受賞候補者は,我が国の魚類繁殖生理学の水準を世界レベルに押し上げた先駆者の一人であるとともに,複数の国際シンポジウムの主催者としても著名であり,水産学の発展,進歩に大きく寄与した。
小林牧人氏「魚類の生殖腺刺激ホルモンの内分泌学的研究」
 魚類の生殖内分泌の発展は増養殖の技術を飛躍的に向上させたが、受賞候補者のこれまでの過去30年間にわたる生殖腺刺激ホルモンに関する一連の研究は、この分野の発展に多大なる貢献をした。その研究成果は、国内はもとより海外からも極めて高い評価を得ている。特に近年では、遺伝子工学的に作製した組換え生殖腺刺激ホルモンの水産増養殖への実用化を試みており、生殖内分泌の基礎から応用まで幅広い成果は水産学の発展に大きく寄与している。
山本剛史氏 「養殖用飼料における植物性原料の利用性とその改善に関する研究」
 受賞候補者は、植物性の魚粉代替原料を効率的に養魚用飼料に配合する研究を進めるなかで、魚粉代替原料を配合した飼料における必須アミノ酸バランスの重要性を指摘するとともに、飼料のエネルギー含量やアミノ酸バランスが魚類の摂餌に大きく影響することを示した。さらに、大豆油粕の給与によりニジマスに生じる種々の生理異常が発酵処理により除去できることを明らかにし,植物性原料からなる無魚粉飼料の開発に成功した。受賞候補者のこれら一連の研究は、養魚飼料用の魚粉の安定供給が不安視されるなか、無魚粉飼料・低魚粉飼料の開発・実用化に大きく貢献する研究であり高く評価されるとともに、今後の研究の発展が期待される。

水産学奨励賞
塩出大輔氏 「まぐろ延縄漁業における海亀類の混獲回避に関する研究」
 近年,世界的に問題となっているまぐろ延縄漁業における海亀類の混獲に対して,受賞候補者は,漁具を改良することでこれを避ける独自の方法を提案し,その改良の基本となる理論式の導出,ならびに実験によってその有効性を評価する研究を行った。受賞候補者は,こうした混獲問題の解決に漁具の側からアプローチする世界でも数少ない研究者であり,国際機関から専門家として招聘されるとともに,著名な雑誌に掲載された総説の著者としても名を連ねるなど,我が国でもこの分野を先導しており,将来のさらなる発展が期待される。
末武弘章氏 「魚類の分子免疫学的研究」
 耐病性育種や魚病対策の確立といった水産上の重要課題を解決するためには,病気から身を守る仕組み,すなわち免疫系の理解が必須であるが,魚類免疫学はリンパ球の分類でさえまともにできないほどに初歩的な段階にあった.それを全ゲノムが解読されたトラフグを用いることで大きく進展させたのが末武氏である.免疫応答を中心的に制御するリンパ球であるヘルパーT細胞の同定を魚類で初めて可能にした.さらに,サイトカイン類や抗原提示細胞など主要な免疫関連分子・細胞も次々と明らかにした.そしてそれらを基に免疫応答の核心部分を解き明かそうとしている.これらのことから末武氏が奨励賞にふさわしい将来が楽しみな逸材であるものと認めた
平松尚志氏 「魚類の卵形成に関与する卵黄前駆物質およびその受容体に関する研究」
 受賞候補者は、魚類の卵形成機構について生化学および分子生物学的なアプローチから先駆的な研究を行い、多くの重要な基礎的知見を得ている。それらの知見は、水産増養殖技術の発展のみならず環境問題への正確な対処にも繋がると考えられ、基礎学問にとどまらず広く応用面での貢献が期待されるものである。受賞候補者は、筆頭著者として英文の総説を専門書に執筆するなど国際的にも高く評価されており、我が国のみならず世界をリードする新進気鋭の研究者として、今後とも一層の発展が期待される。
吉永龍起氏 「初期餌料生物シオミズツボワムシの個体数変動に関する研究」
 シオミズツボワムシが養殖種苗の初期餌料として重要な水産生物であることは言を待たない。シオミズツボワムシについては従来から多くの研究の蓄積があるが、産業的な重要性からその研究の多くは、大量培養、増殖不良原因、耐久卵獲得のための両性生殖誘導要因など、応用的な研究が主体であった。こうした中にあって、環境に応じて個体群の変動を繰り返すという、シオミズツボワムシの生物的な特性に注目して、いわばモデル実験生物としてシオミズツボワムシを捉え、その生活史的な変化から個体群の変動機構を明らかにしようと試みたことを評価した。こうした研究が盛んになることによって、基礎と応用を同時に見据えた新しい水産学の発展がもたらされることを期待する。
水産学技術賞
照屋和久氏 「ハタ科魚類の人工繁殖と種苗放流に関する技術開発研究」
 近年、アジアでのハタ類養殖生産量が急増し、天然種苗の大量採捕が資源に与える影響が危惧されている。受賞候補者は、スジアラ、マダラハタ、マハタおよびクエを材料に用い、仔魚の適正飼育条件を解明し、初期生残率を向上させるとともに、その他様々な工夫を施すことによって、いずれの魚種でも10万尾単位での種苗量産技術を確立した。また、囲い網を用いた環境馴致による放流減耗の防除技術を開発した。受賞候補者は、ハタ類のみならずクロマグロやウナギ等魚類の栽培漁業技術開発研究を先導しており、今後のさらなる活躍が期待される。
吉野博之氏・藤原鉄弥氏・山本勝太郎氏 「鉛フリー船釣り用オモリの開発」
 従来から,釣りに用いられるオモリには比重が大きく,かつ低コストの鉛が用いられてきた。現在,そこで使用される鉛の環境への影響が懸念されている。受賞候補者らは,沈降時の流体抵抗を減らす形状を研究し,鋳鉄でありながら従来の鉛オモリよりも速く沈降し,かつコスト面でも鉛に劣ることなく,鉛フリーで環境にやさしい船釣り用オモリを開発した。特に,多数の漁具を用いるイカ釣り漁船向けに開発されて,その作業性も優れていることから,環境のみならず漁業者にも優しい漁業技術開発として,授賞に値するものと認められた。

以上。